日本におけるボードゲーム ~ゲームシーンが盛り上がる国で~
シビル・ホワイトヒル(ドイツのボードゲーム情報誌”SPIEL DOCH!”2021年秋冬号の記事を編集部の許可を得て翻訳公開)
日本は対照的な国である。日本人は多くの伝統を守っている。自然を大切にしていることは、例えば禅庭や森林浴にも表れている。国民の祝日には子どもや成人を称えたり、高齢者を敬ったりする。保守的な価値観には、高い勤労意欲や仕事の成果も含まれる。その一方で、この国はハイパーモダンでもある。例えば、ホテルや老人ホームでのロボットは、テクノロジーがいかに日常生活に浸透しているかを示している。コンサート会場では、バーチャルなポップアイコンが青い髪、セクシーな衣装、マンガのような丸い目をした歌手のホログラムで登場し、観客を魅了する。―ボードゲームやカードゲームは、この社会においてどのような意味を持っているのだろうか?
日本のボードゲームカフェ
日本はハイテクの国だ。ご存知の通りゲーム業界では、スマートフォンやアーケードゲーム、ビデオゲームが売上の大半を占めている。デジタルゲームの売上高は、アナログゲームや玩具の3倍である。アナログゲームでは知育ゲームが主流で、続いてフィギュア、トレーディングカードゲーム、その次にやっとボードゲームとなる。
しかし状況は変わりつつある。人口1億2,600万人、人口密度の高いこの国では、テレビ、買い物、食事、カラオケ、スポーツ、旅行、デジタルゲームなど、さまざまなことで満たされているわずかな余暇に、ボードゲームやカードゲームを取り入れる人が増えている。
とはいえ、ボードゲームが日本の文化として定着するにはまだまだ時間がかかるとSaashi氏は言う。Saashi氏はイラストレーターの宝井貴子氏と一緒に出版社「Saashi & Saashi」を経営している。日本に住んで17年になるフランス人で、名古屋の大学で働いているヤニック・ドゥプラド氏はもっと楽観的だ。ドゥプラド氏はゲーム愛好者として日本のゲームシーンに精通しており、日本とフランスの出版社を仲介している。ドゥプラド氏によれば、アマチュアの存在が日本のゲーム市場をユニークなものにしているという。アマチュアの中には、13歳になる娘のラナ・イナガキ・ドゥプラドさんも含まれており、一緒にYouTubeでファミリーゲームを紹介している。
小さな出版社
ラナさんなどの同人(日本語で、創作物を自費出版して共通の趣味をもつ人たちのことを指す。同人作家は漫画やアニメ、文学や音楽などの分野にもいる)たちは、自分自身のゲームを考案・デザイン・製造・販売しているが、多くの場合、100部程度の小部数で、お金や名声というよりは楽しみのためである。そこで重要な役割を果たしているのが、年に2回、東京で開催される最大規模のイベント「ゲームマーケット」だ。2010年と比べて来場者数は10倍の2万人を超えている。出版社やショップだけでなく、何百人もの同人が小さなテーブルで自分のゲームを紹介・販売して、作家同士や興味ある人とに連絡を取り合っている。
ドゥプラド氏は、ここに大きなイノベーションの可能性を見出す。というのも自分でゲームを発表する作家は、出版社を説得する必要がなく、自分のアイデアを自由に製品化できるため、特に創造性や実験性に優れている。同人作家の最新トレンドは、「ダイソープロジェクト」でアイデアを製品化することである。あらゆる商品を扱う「1ドルショップ」チェーンを通じて、1ユーロ以下でゲームを製作販売できる。
『ペーパーテイルズ』でおなじみの上杉真人氏のように、アマチュアからプロに転向したゲームデザイナーもいる。上杉氏は、ユーロゲームの「ルールや数学的構造の美しさ」と、アメリカゲームの「ゲームのダイナミックな流れやテーマの印象的な実装」が好きで、自分のゲームではその両方を融合させたいという。
出版業界は活気づいている
ボードゲームYouTuberであるHAL99氏(本名は秘密)の推定によると、同人作家は現在、年間1200から1500タイトルを発表している。しかし、特にこの10年ほどはプロの出版社が生まれており、日本語版を含め、年間200~300タイトルを発売している。比較的少ないようだが、TABLE GAMES IN THE WORLDのウェブマスターである小野卓也氏は、この数字はあくまでもタイトル数であると指摘する。プロの出版社の総生産数は、同人作家の少部数製作よりもはるかに多いという。
日本の出版状況はさまざまである。例えば、Engamesは西洋ゲームの日本語版を中心に数千部単位で出版しているが、オインクゲームズのように日本のデザイナーを起用しているところもある。アークライトゲームズは、日本のコンパクトなゲームを数多く製作しているだけでなく、『テラフォーミング・マーズ』や『サイズ-大鎌戦役-』といった欧米の大作ゲームのローカライズも行っている。ホビージャパンのように、ゲーム以外のホビー商品を発行している出版社もある。また、Saashi & Saashiのように、デザイナーが自ら社長になった出版社もある。
輸入/輸出
ヤポンブランドは、インディーズデザイナーと国際市場をつなぐ役割を担っており、毎年エッセン・シュピールで日本のゲームを紹介している。逆に、欧米の出版社も東京のゲームマーケットに参加して、現地のデザイナーを発掘するようになった。
日本にもアナログゲームショップはあるが、数は少なく、ほとんどが大都市にある。そこでは主に日本の出版社の新作が販売されており、カラフルなマンガデザインのものが多い。コレクタブルカードゲームの種類は膨大である。ヨーロッパでは一般的な大箱はむしろ珍しい。いずれにしても、ネット通販が主流だ。Saashi氏によると、インターネットでの販売量は、日本人向けと外国人向けでほぼ同じで、その傾向はどちらも上昇しているという。
日本の新作は、コストの関係でほとんどが中国で生産されている。とはいえ、両国間に密接な関係はない。オインクゲームズのオーナーである佐々木隼氏は「日本はアジアの他の国々にとって近くて遠い国です。私たちの好みは、他の国の人たちにとっては異質なものだと思います」という。
子供が両親と一緒にボードゲームをすることは、我々のように一般的ではない。ラナ・イナガキ・ドゥプラドさんの友人もほとんど、家族と一緒に遊んでいない。親の中には、子供にアナログゲームを買い与えるが、それは純粋に楽しむためではなく、小野氏が言うように、子供をスクリーンや携帯から遠ざけるための教育的な理由からである。
ゲームナイトに出かける
狭い生活環境の中では、夜に自宅ゲームをすることもできないことが多い。近年、ボードゲームカフェが急増しているのもそのためだろう。現在、日本には450店舗以上、ボードゲームを遊べるところがある。ゲームショップの中にテーブルがいくつかあるだけのところもあれば、食べ物や飲み物を提供するところもある。飲食による収入だけでなく、アナログゲームへの興味を喚起しようとしているカフェ経営者も少なくない。このような場では買わずに試すことができ、ルールを説明してもらい、お勧めを紹介してもらい、さらに食欲も満たされる。それ以外のボードゲームの情報源としては、我々と同じようにウェブサイトやtwitter、YouTubeなどがある。
日本のプレイヤーの多くは、学生時代になってからボードゲームに触れている。上杉氏によると、カフェを利用する人の年齢層は20〜40代が中心で、女性が半数近くを占めるようになったという。カフェに置いてあるゲームは、出版社のものと、同人のものがある。大事なことは、ルールがシンプルでゲームが楽しいということだ。Engamesのマネージャー・杉木貴文氏は、「ちょっとした時間に遊べるシンプルなゲームがトレンド」と語る。パーティーゲームやコミュニケーションゲームがベストセラーである。小野卓也氏も「人は笑いたいのであって、勝ち負けについてはほとんど考えていない」と言う。
近年のアナログゲームの代表的なジャンルとしては、シミュレーション、ロールプレイングゲーム、コレクタブルカードゲーム(MAGIC、遊戯王)などがある。日本のゲームはこの国の文化を反映したものが多いが、現在の西洋のトレンドである推理ゲーム(人狼やミステリー)なども人気がある。
最小限のスペースで最大限の効果
日本が得意とする「マイクロゲーム」は、少ない枚数のカードで奥深い遊びを実現する。ミニマリズムの理由として、同人にとって生産コストが低く、収納スペースが小さいことが重要であり、プレイヤーにとっては簡単に収納でき、持ち運びでき、小さなテーブルに広げられる安価なゲームを購入したいということがある。いずれにしても、日本には、園芸の盆栽のように、ミニチュアの芸術を好む傾向がある。欧米がマイクロゲームに興味を持つのは、それが新しくて珍しいものだからである。
欧米で人気の日本のデザイナーのゲームがあるように、日本人も西洋のゲームを遊ぶ。それは長い間『モノポリー』や『人生ゲーム』、『ウノ』などに限られていた。しかし、趣味の世界は広がっている。愛好家たちの努力のおかげで、より新しくて複雑なゲームが試されるようになった。10年ほど前まではドイツのゲームが中心だったが、近年は世界中からゲームが集まっている。ファンが有志でルールを日本語に翻訳することも多い。
日本ボードゲーム大賞に加えて、海外の賞も注目されている。HAL99氏によると、最注目はドイツ年間ゲーム大賞だという。今年のドイツ年間ゲーム大賞、ドイツ年間エキスパートゲーム大賞、ドイツ年間キッズゲーム大賞では、ノミネートされた時点で、ノミネート9作品のうち8作品が日本語版として出版されることがすでに明らかになっていた。
日本はアナログのゲームシーンが広がっている。上杉氏は、現代のボードゲームは日本ではまだ発見されたばかりだと言う。そのため、将来の可能性も大きい。また、オートメーションが進むことで余暇が増え、ボードゲームを遊ぶ時間が増えることも杉木氏は期待している。逆に言えば、日本もゲーム市場をもっと活性化できるということだ。欧米では、ゲームシーンが盛り上がっている国からさらに新鮮なアイデアを期待したい。
関連記事:日本と韓国のボードゲーム(2004年のドイツ・ボードゲーム情報誌の翻訳記事)
Source: “Spielen in Japan”, Spiel Doch! Herbst/Winter 2021, w.nostheide Verlag GmbH
いくら入札してもいいオークションゲーム『Q.E.』日本語版、10月上旬発売
サニーバードは10月上旬、『Q.E.(キューイー)』日本語版を発売する。ゲームデザイン・G.バーンバウム、アートワーク・A.ガヴリル、3~5人用、14歳以上、30分、5280円(税込)。本日から予約開始。
オリジナルはボードゲームテーブルズ(アメリカ)からキックスターターを経て2019年に発売された作品。ゴールデンギーク賞イノベーティブ部門ノミネート。日本語訳つき輸入版が国内流通し、「いくら入札してもいいオークションゲーム」として愛好者の間で話題となっていた。タイトルは「量的緩和(Quantitative Easing)』の略語で、一国の宰相となって、経済破綻の危機に瀕した巨大企業に公金をじゃぶじゃぶ注ぎ込む。
毎ラウンド企業タイルが公開され、1人のプレイヤー(競売人)が入札額をタイルに記入して公開し、他のプレイヤーはそれを見て自分の入札額を決め、競売人に渡す。最高額のプレイヤーが落札するが、入札額は非公開となる。ただしゼロ入札は公開され、勝利点を得る。
これを繰り返して企業タイルがなくなったらゲーム終了。落札した企業タイルで勝利点を計算するが、落札額の合計が最も多いプレイヤーは脱落してしまう。
入札額は正の整数であればいくらでもよいところがポイントで、99でも99億でもいい。落札額は非公開ながら、競売人になったときと、自分が落札したときに知ることができるので、徐々に相場観がつかめてくる。桁外れのインフレになることも多く、入札額を見て思わず吹き出してしまうことも。笑いの絶えないオークションゲームだ。
(写真は英語版)
Q.E.(ボードゲームテーブルズ, 2019) pic.twitter.com/IHw3KxAi3p
— Table Games in the World / ボードゲームニュース (@hourei) October 4, 2021