トランプ関税でボードゲーム業界危機(2)
アメリカ・トランプ大統領が打ち出した関税がその後も引き上げられ、業界危機の懸念が現実のものとなっている。
2月4日、中国からアメリカに輸入されるすべての製品にかけられた10%の関税は、3月4日に20%に引き上げられ、相互関税の発表、中国の報復関税へ対抗により、4月10日には合計145%にまで上昇した。アメリカの出版社は、製造コスト10ドルのボードゲームを輸入する際、14.5ドルもの関税を国に納めることになる。『ウイングスパン』の出版社ストーンマイヤーゲームズは、これにより150万ドル(2億1500万円)の関税を支払うことになるとして、トランプ政権を相手取った集団訴訟に参加することを表明した。
すでに関税による事業閉鎖も起こっている。『スピリット・アイランド』『コンパイル』の出版社グレーターザンゲームズは関税危機により、4月17日付で解散。社長のD.ラウダー氏らは全員、親会社のフラットリバーグループから解雇された。新規開発はできなくなるが、既存製品は必要に応じて生産され、クラウドファンディングや予約で発売予定の製品についてはは後日対応が発表されるという(日本語版についてはEngamesが状況確認中)。フラットリバーグループは他にも、ヨーロッパを含む75社のボードゲーム出版社の製品を取り扱っているが、新規開発を停止し、米国内への輸入を見合わせている。
『トレッキング・ザ・ワールド』の出版社アンダードッグゲームズのN.ベントレー社長は、自身を含む社員全員が解雇されたこと明らかにした。オーナーによれば「関税の津波の間、出版社に明かりを灯し続ける可能性を残すため」だという。ボードゲーム業界では、しばらくは再就職先もないだろうとのこと。
カードボード・エジソンが4月上旬、アメリカのボードゲーム出版社350社(回答61社)を対象にアンケート調査したところによると、高い関税が続いた場合、回答したボードゲーム出版社の約90%が価格を値上げし、約62%が予定していたリリース数を減らし、約3分の2が印刷部数を減らすと回答した。新作についても、発売延期・タイトル数削減・小箱化を検討しているところが多い。『ダイナソー・アイランド』『ウルヴズ』のパンダサウルスゲームズは、関税への対応策として、2~3割の値上げ、クラウドファンディングの休止、中国の製造ラインの休止、生産拠点をのヨーロッパ移転(アメリカ国内に移転できないところが皮肉である)とフランス語版とドイツ語版の制作を進めることを発表した。セファロフェアゲームズはCNNのインタビューで、120万ドル相当のボードゲーム(『グルームヘイヴン2E』6万セット)がコンテナに入ったまま中国で足止めされていると語った。事態が落ち着くまでは米国内での販売を無期限停止するという。ほかにも米国への出荷を延期し、中国で製品を保管している出版社が何社かある。
小売店舗も苦しい状況に追い込まれている。ネット通販の「ボードランディア」は、厳しい財務状況に関税値上げが追い打ちし、閉店を余儀なくされた。同店の声明では「このたびの関税引き上げは、残念ながら、こうした既存の重圧に持続不可能な負担を加え、私たちに実行可能な道筋を残さない結果となりました」と述べている。
関税の影響は米国内にとどまらない。『マーチャンツコーヴ』『ドローントゥアドベンチャー』の出版社であるファイナルフロンティアゲームズ(マケドニア)は経営難による閉業を発表した。コロナ禍による輸送費の急増で綱渡りの資金繰りが続いていたところに、CMON社(シンガポール)から『マーチャンツコーヴ』中国語版の入金がなかったことがとどめの一撃になったという。大手であるCMON社が不払いどころか、一切の連絡もしなくなったのは「アメリカ政府が中国からの輸入品に課した関税が悪影響を及ぼしているとしか考えられない」とコメントしている。クラウドファンディングが未達成となった『マーチャンツコーヴ:マスタークラフト』については、サニーバードが流通在庫を補填して対応している。
CMON社は関税の状況を鑑みて、貿易条件が安定するまで、新規ゲーム開発の停止と人員削減を発表したが、トランプ関税だけが理由ではないようだ。生活費の高騰によるボードゲーム売上減少により、すでに2024年から305万ドル(4億4千万円)の赤字。年が明けてからも資金調達のトラブルがあり、そこに達成済みのクラウドファンディングへの関税問題がのしかかった。なおCMONジャパンの発表では、クラウドファンディング製品の日本への発送はスケジュール通りに進行しているとのこと。
CMONJAPANは、すでに実施したクラウドファンディングをスケジュール通り進行しております(一部大幅に遅れているものもありますが)。できうる限りスムーズにお客様にご案内、お届けしたいと思い、関係各所と調整を行なっております。どうぞご安心ください。
— CMONJAPAN公式 (@CMONJAPAN) April 26, 2025
大口顧客を有するアメリカで販売する分が激減すれば、世界的にネットワーク化されたボードゲーム業界の基盤が脅かされ、発行部数減による価格の上昇や、(特に大箱・ゲーマーズゲームでの)リリースタイトルの減少は日本にも及ぶ。また、日本の出版社や日本発のクラウドファンディングはアメリカへの発送が難しくなり、相当の売上減が懸念される。デラックス版やミニチュアコマの削減を歓迎する声もあるが、物価上昇による娯楽費の縮小もあり、この氷河期を業界がどのように乗り越え、趣味としてのボードゲームがどうなっていくか、今後の見通しは不透明だ。
広義のボードゲームと狭義のボードゲーム
以前、NHKの番組で取材を受けた時、ボードゲームとは何かという話になった。というのも、『ニムト』や『ナンジャモンジャ』などのボードのないゲームはボードゲームに含まれるのかという問題があったためで、ディレクターと話し合った結果、結局「テーブルを囲んで遊ぶアナログゲーム。カードで遊ぶ形式や、ボードを使わないゲームなど種類はさまざま」という表現に落ち着いた。
「卓上ゲームの一種で、特別にデザインされた模様のボード(ゲーム盤)上に、小さなオブジェクト(ゲーム駒)を特定の方法で配置したり移動させたりするもので、サイコロなどの他のコンポーネントが含まれることもある」(Wikipedia)、「ボードの上で駒を動かす人間対人間のゲーム」(高橋弘徳)というように、一般的な理解では、ボードを使うゲームがボードゲームである。例えば「Azb.Studioによるボードゲーム『美術大戦』がミニサイズになってカプセルトイに登場!」といった表現に違和感を感じるのは確かだ。しかし、近年ではボードを使わないゲームも、ボードゲームの総称として含まれるという理解が国際的に広まってきている。
また、先日の朝日小学生新聞で「電源を使わないゲーム」と説明されたように、デジタルとの対比からアナログや非電源ゲームと定義されることもあるが、電池やスマホを使うボードゲームや、ボードゲームアリーナなどオンラインで対戦するボードゲーム、『スーパーマリオパーティ』や『桃太郎電鉄』などボードゲーム形式のデジタルゲームもあり、すべてのボードゲームに適用できるとは言い切れない。同様に(オンライン対戦を含む)人間対人間でプレイする「対人ゲーム(独Gesellschaftsspiel/仏Jeux de société)」も、近年(特にコロナ禍以後)ソロプレイできるボードゲームが増えてカバーできなくなってきた。
以上の「ボードを使うゲーム」「非電源ゲーム」「対人ゲーム」の関係を整理したものが下記である。いずれかひとつを満たしたものが広義の(総称としての)ボードゲームと呼ばれ(「ボードゲームが今ブーム」)、すべてを満たしたものが狭義の(単称としての)ボードゲームと呼ばれている(「『アグリコラ』は素晴らしいボードゲームだ」)と考えられる。すべて満たしていなくても、2項目が重なっていれば、1項目だけよりもボードゲームらしいといえる。また、3項目は対等ではなく、人とTPOによって重点が変わるかもしれない。
この他にも「テーブルを囲んで遊ぶゲーム(tabletop games)」や「作家がクレジットされているゲーム(独Autorenspiel)」も定義項の候補として挙げられるが、ボードゲームはテーブルがなくても床どころか屋外でもプレイできるし(対人ゲーム・非電源ゲームのメタファーとしては採用しうる)、作家が不詳の伝統ゲームも歴としたボードゲームなので採用しなかった(ドイツゲーム・ユーロゲームの定義としては採用しうる)。
ただし、TCG、TRPG、SLG、人狼、マーダーミステリーは、これらの定義に当てはまり、実際時代・地域(および好み)によってボードゲームとして扱われることもあるが、少なくとも現在の日本では独立した一大ジャンルとして、ボードゲームとは別扱いされているようだ。このことから考えると、ひとつのジャンルに収斂しない雑多性・多様性もボードゲームという括りの大きな特徴といえるかもしれない。
広義のボードゲーム:ボードあり・対人・非電源の1つ以上を満たすさまざまなゲーム
狭義のボードゲーム:ボードあり・対人・非電源の全てを満たすさまざまなゲーム