ボードゲームのサポートアプリ、無断公開で公開停止求める
アークライト社は本日、同社が日本語版を発売している『グルームヘイヴン』のサポートアプリを公開しているアベエイキチ氏に対し、無断での公開停止を求めていることをツイッターで明らかにした。
アベ氏は『ドミニオン』のランダマイザー、『エルドラドを探して』のマップジェネレーター、『グルームヘイヴン』のマップジェネレーター、『イーオンズ・エンド』のターン・ライフ管理、『カートグラファーズ』のマップシートなどのサポートアプリを無料で公開してきた。これ自体でボードゲームは遊べず、遊びやすくするための支援ツールだったものの、画像やテキストが無断で使われていたため、アークライト社は6月22日に異議申し立てを行った。
【重要なお知らせ】
弊社コンテンツを弊社の許可を得ずにアプリとして公開している事例を確認しました。他社コンテンツも同じように無断使用していることを踏まえて、権利侵害を受けている各社で協力して対応いたします。弊社としましては厳正に対処いたします。— アークライトゲームズ (@ArclightGames) June 22, 2020
異議を受けてアベ氏は該当のアプリの公開を停止したが、『グルームヘイヴン』についてはオリジナル版の版元であるセファロフェアゲームズ(アメリカ)から許可を得たとしてアプリを再公開。日本語の対応についてはアークライト社に連絡するとしていた。
アークライト社は当初アプリの発信者を公表していなかったが、アベ氏のツイートから約1週間が経ち、まだ連絡を受けていないこと、権利者に確認して無断であったことを公表した。「手順を守りまずは企画書を送付いただき、許諾を受けてからアプリを公開してください。何度も同じ行為をされますと、悪意を持って行動されていると受け取らざるを得ません。」とツイートしている。同日夜、このアプリは取り下げられた。
7/9現在ご連絡をいただいておりません。権利者にも確認しましたが、無断でのアプリ公開はおやめください。6/25にご連絡した通り、手順を守りまずは企画書を送付いただき、許諾を受けてからアプリを公開してください。何度も同じ行為をされますと、悪意を持って行動されていると受け取らざるを得ません https://t.co/iSnOH9GWkk
— アークライトゲームズ (@ArclightGames) July 8, 2020
2013年には日本人が海外のカードゲームをアプリにし、別名で販売していたことでゲームデザイナーのR.クニツィア氏が異議を申し立て、公開停止と謝罪になったことがある(カードゲームのiOSアプリ、無許可販売か )。
日本語版ボードゲームで誤訳が減らない理由
海外ボードゲームの日本語版はたいてい、ドイツなり、アメリカなり、オリジナル版の出版社が一元的に印刷を管理している。各国の取引先に英語のデータを送って翻訳してもらい、そのデータを使って一括で印刷し、製品を各国に発送する。そのためどの言語版であろうと、ルールブックやカードのテキスト以外、紙質もコマの材質も同じであり、私たちは高品質なボードゲームを日本語で楽しむことができる。
しかしその一方、ルールやカードテキストの誤訳や誤植は一向に減る気配がないどころか、むしろ増えている。それはどうしてなのか。翻訳に携わる者のひとりとして、言い訳になってしまうことを承知の上で書き留めておきたい。
まず、過密な出版スケジュールがある。オリジナル版の出版社には8月のジェンコンや10月のシュピールなど明確なデッドラインがあり、そこに向けて新作の制作をすすめる。1年または半年サイクルの現在、制作期間は非常に短く、オリジナルのデータが出来上がるのはぎりぎりになってしまう。さらに、新作の急増に伴って工場印刷に出すタイミングも前倒しになっている。オリジナル版との同時発売または同時制作が基本になっている現状、ぎりぎりに出来上がるデータを早めに入稿しなければいけないため、翻訳にとっては「前門の虎、後門の狼」状態となる。
各国の取引先で翻訳を手配できるのは、データが完成してから工場に入稿するまでのほんの僅かな期間にすぎない。なかなかデータが送られてこない上に、急いで提出するように言われる。本当なら二校、三校と重ねて、誤訳や誤植だけでなく、誤読されやすいところもチェックしておきたいところだがそれが叶わない。初版をスルーし、二版・三版に合わせて念入りにチェックするという方法もなくはないが、二版・三版はいつになるか分からず、サイクルの短い今では旬を過ぎてしまうかもしれない(だから敢えて寝かせるという選択はない)。
ちなみに新作の場合、翻訳はデータだけで行われ、現物は試作品すらない。実際に遊べばすぐに気づくようなミスも、脳内プレイだけでは分からないこともある。旧作ならば外国語版が手に入るだろうが、出版が決まってからデータ入稿までの時間が短いのは同じで、その間に翻訳で実際にプレイして、フィードバックをもらって翻訳をブラッシュアップするのは難しい。
また、各国が翻訳している段階で元データに修正が加えられることも少なくない。原語には誤訳はないが、ドイツ年間ゲーム大賞のT.フェルバー氏が「納期を急ぐあまりルールの分かりやすさや漏れのないことに十分な注意が払われていない」というように矛盾や不完全な記述はあり得る。これも制作期間の短さに起因していることは間違いないが、しわ寄せは翻訳にくる。いちいちオリジナルの出版社に問い合わせながら進める翻訳は時間がかかる上に、翻訳が終わってほっとしているときに修正版が配布されることも珍しくない。ファイル名に「final」「fix」と付いているからといって、本当に決定版とは限らない。最悪の場合、製品が完成して送られてきてからデータ変更が発覚することもある。
さらに、近年のボードゲームは長大化しており、翻訳や校正にどんどん手間がかかるようになっている。何十ページもあるルールブック、何百枚もあるカードは、短期間ではどうしてもチェックが行き届かないものだ。
ドイツで「人が仕事するところではどこでも、ミスが起こるときがある(Wo Menschen arbeiten, passieren manchmal Fehler)」というように、誤訳も誤植も人為的なミスであることは間違いないが、背景にはこのような事情がある。いずれも現代ボードゲーム業界の構造的な問題で、これ自体はどうしようもない。翻訳チームを人数面・待遇面で充実させるしかないが、ボードゲームはそれほど売れるものでもないため、言うほど簡単ではないだろう(それでも校正に1人でも多く割ければ、それだけミスを減らすことはできる)。
このような状況から、各社は誤訳や誤植が発見され次第、エラッタ(修正表)を発表したり、訂正版を配布したりしてサポートしているのが現状である。どれくらい手厚いサポートができるかというところでも、ボードゲームはそれほど売れるものでもないという壁が立ちはだかる。
極論すれば誤訳を諦めるか、それとも原語版で遊ぶかという二者択一になってしまうが、それでは状況は改善しないだろう。制作者側がどこまで誤訳を減らせるか、あるいは誤訳が出た場合どこまでサポートできるかと、ユーザー側がどこまでなら許容できるかというところで、歩み寄れるラインはあるのではないかと思う。
反響が大きかったのでtogetterにまとめました 。たくさんの貴重なご意見を賜り、ありがとうございます。ご意見に答える形で、このエントリーも適宜追記を行いました。