ドイツの個人出版社
ドイツでは1人でゲームを作っていても、儲けが全然なくても、コンポーネントがチープでも、同人ではなく「出版社(Verlag)」を名乗る。そんな「小出版社」、「個人出版社」から、メジャーには及びもつかない傑作が生まれ、ドイツゲームが世界から注目され続ける。そんな小さなメーカーの話をドイツの記事から訳出。
ベルネの個人出版社のゲーム
(アドホックニュース、5月19日)
ルックアウトゲームズの所在地は、ヴェーザー湿地帯ベルネ(訳者注:北ドイツ・ブレーメン近郊の街)にある田園の農家である。牧草地に囲まれ、草を食べるヒツジを見ると『アグリコラ』(ラテン語・農業)の景色が思い浮かぶ。『アグリコラ』は10万セット売れたボードゲームで、このゲームのおかげで、ハンノ・ギルケ氏が個人で経営する出版社は世界中のボードゲームファンから高い評価を得ている。
今年、この小出版社は10歳になる。この記念すべき年に10タイトルを発表したいとギルケ氏。
「私はゲームを作るのが好きです」と言う38歳の社長は、自分よりもっとすごい人がいると明かす。彼の大学の友達で、2008年にドイツゲーム賞を受賞した『アグリコラ』の作者ウヴェ・ローゼンベルク氏である。「その代わり私は別のことならうまくやれます」と統計学者でもあるギルケ氏は自信を見せる。早くからマーケットリサーチや、アメリカのゲームの翻訳の仕事に携わってきた。
ギルケ氏は短パンをはいてデスクに座っている。小さい事務所は原材料、ゲームボード、コマでいっぱいの箱で埋め尽くされている。彼の後ろの棚はゲームが並ぶ。会社を立ち上げた頃、まず作っていたのはカードゲーム、拡張、既に発売されたゲームの再版ばかりだった。2004年に最初のボードゲームを発売したのが、驚くほどの成功だったという。「その売り上げで次のゲームの資金が調達できました。」と二児の父親でもあるギルケ氏。これがなかったら、この小出版社はきっと、ガレージの趣味のままだったと、コンスタンツ出身のギルケ氏は振り返る。
これまでにギルケ氏は30タイトル以上を出版した。リビングのテーブルで思いついたアイデアがものになるまで、1年ぐらいかかるという。「1つのボードゲームを考えるとき、頭の中で1ラウンドやってみます」と社長であり編集者でもあるギルケ氏は作り方を説明する。うまく回ると思ったら、家族や友達と試す。それからイラスト、コンポーネント、ルールなど実際の仕事を始めるという。「デザイナーは知性、編集者は思慮が大事です」とギルケ氏。印刷は有名なボードゲームメーカー、販売は大きなディーラーに委託している。
この出版社はニッチ市場をターゲットにする。戦略ボードゲームは、遊ぶ頻度が高いコレクター向けである。「だいたい30歳以上の独身男性です。」でも子供の頃よく遊んで、しばらくのブランクを経て、彼女や子供たちとまた始めたという人もターゲットにしたいという。しかし愛好者はダイス運を好まない。出版社の歴史上、ダイスのあるゲームを作ったことはない。「ダイスの運は強すぎます」とギルケ氏。ルックアウトゲームズが目指すのは、幸福を自分で作り出すようなゲームだ。
「小出版社はスープの中の塩です」とエッセンで世界一の国際ゲーム祭を毎年開催しているドミニク・メツラー氏は言う。このゲーム祭は、市場が動き続けるのに役立ってきた。難易度の高い戦略ボードゲームはたいてい、大出版社の「ファミリー向きで遊びやすい」というプログラムにはそぐわない。メツラー氏によると、ドイツには700以上のボードゲーム出版社があり、これほど多いのは世界に類を見ない。そしてその半分はハンノ・ギルケ氏のようなミニ出版社だ。
「ボードゲームは前よりも遊ばれるようになりました」とメツラー氏。ボードゲームは誰であっても直接的なコミュニケーションを促すという。1日中コンピューターの前に座っている人が増えているから、晩には気晴らしがほしくなる。そこで子供と一緒に何か教育的なことをしたいと考える親が増える。
それでもギルケ氏には批判したいことが1点ある。彼が怒っているのは「ボードゲームが文化財として政治の場や文化欄で取り上げられないこと」である。「文化欄は異端の中国人が書いた三流の本やひどい映画ばかり。なのに、成功したボードゲームが無視されている。」
国産ゲームの価格設定
ゲームマーケットではたくさんの国産新作ゲームが発売された。タイトル数が増えただけでなく質も向上していると感じたが、一方で内容と見栄え(=価格)のバランスに疑問を感じるものもあった。
結局のところ、どんなものであれ価値を認める人が多ければ売れるし、そうでなければ売れないというだけなので、価格設定は売る人の自由である。その上で、買う側での話。
国産ボードゲームは、同人か商業かの区別が曖昧である。個人でも、萬印堂などに頼んで立派なコンポーネントにして、専門ショップに置いてもらえば、企業が作ったものと肩を並べられる。
そのせいなのか、あるいは意図せず結果的になのか、ずいぶん強気な価格設定で、「これで○○円はないよね」と思われるものがあった。500円ゲームズの影響で高額化に歯止めがかかることを期待していたが、むしろ価格の二極化が進んだようだ。
海外ゲームもこれくらいの値段だからというのはおかしい。海外ゲームは輸入コストが含まれていて、現地では3〜4割安いわけだから、海外ゲームの日本価格と同じぐらいの価格設定では高い。ましてや海外ゲームはショップがセレクトしているので、当たりか外れか分からない原石を同じ価格で出しても太刀打ちできないだろう。
小部数製作だから高くついたというのも、買う人のことを考えていない。この内容やプレイ時間ならば普通いくらぐらいというところから始めて、逆算して製作方法を選ぶ方法はないだろうか。中身さえよければ見かけは何でもよいとまでは言わないが(手にとってもらうためにはある程度の見栄えも必要なのは理解できる)、手軽なゲームをたくさんの人に遊んでほしいならば、高級感あふれるコンポーネント・パッケージである必要はない。
あと同人なら儲けちゃいけないという意見も聞く(同人=同じ趣味の仲間だから)。さらには、立派なコンポーネントにするのが楽しいならば、その対価を作り手がある程度負担すべきという意見さえある。ポリシーは多様なほうがいいし、上記のようにボードゲームは同人か商業の区別が曖昧なので一概に言えないが、自分が好きなものを作り、たくさんの人に遊んでもらいたいならば、高価にしない努力や工夫をもっとしたほうがよいのではないか。
将来も自分が楽しめるよう、デザイナーに対して「また面白いゲーム作ってきてよ!」という応援の気持ちもあるので、安ければ安いほどよいというのではない(そういう意味で500円ゲームズの中に安すぎると思われるものがあった)。また、適正価格はいくらがいいというのでもない。どんな人に手にとってもらいたいのかまで考えて、価格設定にもっと注意を払ってほしいと思う。