『ボードゲーム天国(パラダイス)01』がついに発売された。これまで公刊されたドイツゲームの紹介をメインとする主な本としては、
『ベストゲーム・カタログ(松田道弘、社会思想社、1988・1993)』
『ザ・ゲームカタログ(JAGA監修、白夜書房、1988)』
『ザ・ゲームカタログ’90(JAGA監修、光栄、1990)』
『THE BEST GAMES’93(高橋浩徳他、ソラリス、1993)』
『BEST GAMES’94(高橋浩徳他、ソラリス、1994』
『榊涼介&林正之のマルチプレイ三昧(榊涼介&林正之、メディアワークス、1998)』
『安田均のボードゲーム大好き!(安田均、幻冬舎、2002)』
などがあるが、そのいずれにも劣らぬ内容だ。カラー写真豊富な誌面構成、国内のサークルやウェブサイト紹介、インタビューや企画記事など、その情報量は膨大で、熱狂的なボードゲームファンから、ボードゲームにあまり興味のない人まで楽しめる本となっている。
編著の「オフィス新大陸」はプロの企画・編集プロダクション。7名からなるライター・編集者・カメラマン・イラストレーターなどの若い人たちで、坂本犬之介氏が代表。これまでに指輪物語や日本史を楽しく紹介する本を執筆している。坂本氏が学生時代にRPGのサークルを運営していたのがもとで、近年仲間内でボードゲームを遊び始め、その趣味が昂じてこうした書籍を作ることになったという。
私は今年のゲームマーケットで同人誌『トイプラス』を売っているときに声をかけられた。ゲームサイト『Table Games in the World』での情報発信を評価してもらい、協力を要請される。同人誌や個人サイトではどうしても読者層が限られてしまう。より広く情報発信ができる紙媒体の一般書籍は大きな魅力だった。そして坂本氏から「日本にボードゲームを根付かせる」という熱い夢を聞いて心を動かされ、協力に応じることにした。
その協力内容はというと、製作方針への意見と原稿の執筆、そしてエッセンへの同行だった。製作方針への意見は言いたい放題のことを言って坂本氏が参考になりそうなものを拾ってくれるので楽だったが、後二者は容易ならざるものがあった。オフィス新大陸の方々とはテストプレイで何度かゲームを遊んだ。彼らがメモを取るノートに「ボードゲーム天国地獄」と書いてあったが、確かに私も何度か地獄を見た。
書いた原稿は第3章の「ドイツゲーム事情」全部、第1章のゲーム紹介で9タイトル。文字数は55,000字に及ぶ。『トイプラス』が他の方が書いた文も合わせて70,000字だったから、実質『トイプラス2』だったと言ってもよい。「ドイツゲーム事情」はドイツのゲームサイトを網羅的に巡回し、役に立ちそうなデータをダウンロードしては読み、読んではダウンロードしながら少しずつ書きためた渾身の原稿。本業そっちのけでまる1ヶ月かかっている。ゲーム紹介はオフィス新大陸の手が足りないというので急遽依頼された原稿。「締め切り3日後」という厳しさの中、まず各ゲームサイトの紹介文を一通り読み、ゲームをひっくり返してルールを読んだりしながら、焦点を絞った。この3日間、これ以外に何もできなかったのは言うまでもない。
エッセンの同行は案内係兼通訳という内容。版元の雄山閣が結局通訳の専門家を手配してくれたので、通訳としてはローゼンベルクとヨーペン、カタン世界大会の上位者たちにちょっとインタビューする程度(正確にいうとヨーペンは通訳をせず、一対一の対談だった)。だが過密スケジュールのため坂本氏と二手に分かれてからは、メインのインタビューアーとなった。もうひとり通訳がいたので言葉には困らなかったが、面白い話を引き出すには脳みそをフル回転させながら同時に気も使う。「次のインタビューまであと10分です!」…不慣れなことばかりで楽しんだり感動したりといった心の余裕はないに等しかった。
オフィス新大陸の方々の苦労は私の比ではない。倒れた人もいるという。誌面作りを見ていると、取材を100として誌面に現れるのはそのうち10か20といったところ。この本は並々ならぬ苦労の結晶なのである。
さてこの『ボードゲーム天国』は、以下のような構成になっている。
特集エッセンSpiel2002徹底レポート〜”天国”はそこにあった〜
…世界最大のゲームイベント、エッセン国際ゲーム祭を豊富な写真でレポート。人物主体でつづられており、生の雰囲気に触れることができる。
第1章 ゲームセレクション99+
…ファンタジー・冒険系など10のジャンルに分けてそれぞれ10タイトル程度、合計99タイトルをフルカラーで紹介。アヴェ・カエサルからフィスト・オブ・ドラゴンストーンズまで幅広い選択と、チャート式の図解が特徴。
第2章 オススメ・ゲーム実況中継
…カタンから最新のBANG!まで、オフィス新大陸のメンバーがプレイした状況をレポート。それぞれのキャラクター付けがうまく、ゲームの本質を描き出している。
第3章 ドイツゲーム事情
…ゲームを作る人たち、選ぶ人たち、遊ぶ人たちという章立てでドイツのゲームシーンを徹底解説。エッセンやニュルンベルクのイベント、ゲーム賞、ゲームサークルなど、本場のすごさを味わえる。
第4章 ボードゲームを始めよう!
…初めての人がボードゲームを遊ぶにはどうしたらよいかアドバイス。ついで今後の日本のボードゲーム界のカギを握ると思われる4人の職業人にインタビュー。コラム。
第5章 ボードゲーム 知識の泉
…全国のサークル、ショップ、ウェブサイトのデータベース。JGC、TGS、GMなどのイベントレポート、D3によるPS移植版紹介。
付録 「つる爺の爆笑!極楽大劇場」(マンガ)、人数・時間・対象年齢別索引、五十音順の総索引。また各章の冒頭にはクニツィアなど著名デザイナーから日本のファンへのメッセージとサイン。
特筆すべき点は、従来の国内ボードゲームコミュニティーの外にいた人たちを引っ張り出してきたことにある。特にカプコンの岡本専務や雄山閣の村上社長など、国内で新たなムーブメントを起こそうとしている人たち。彼らの視野は、ドイツで出版されているゲームを日本に紹介するというよりもむしろ、日本で面白いゲームを作るというところにある。
日本で面白いゲームを作るには、どうしても資本(お金だけでなく、人材やノウハウも含む)が必要となる。その資本を出せる数少ない人たち。従来の愛好者としては大手企業の影響力を僻むよりも、それだけ日本のボードゲーム界の可能性が開けたと喜ぶべきではないだろうか。
彼らにとってボードゲームはビジネスでもある。「ボードゲームは楽しくていいね」と言っているだけでなく、資本を投入して利益を上げるのが仕事になる。愛好者にとっては大好きなボードゲームが金儲けの道具にされることには嫌な感覚がつきまとうかもしれないが、彼らはプロとしてリスクを負ってやっているのだ。能勢さんや中野さんならともかく、一愛好者がとやかくいう問題ではない。
とはいえ、楽観的だとは思うがメビウス・バネスト・広島などのゲーム輸入を手がけるショップと食い合うことは、まずないような気がする。まず第一に、『ボードゲーム天国』の販売とオフィス新大陸の諸プロジェクトが成功すれば、ドイツゲームは今よりもメジャーになるだろう。そうすれば全体のパイが広がり、客を取り合うという事態はなくなる。
第二に、取り扱いアイテムに差異化が図られると考えられる。最新ゲームを扱う早さと少数でも対応できるフットワークの軽さはメビウス・バネスト・広島の右に出るものはいない。日本製のボードゲームをじっくりと数多く販売していくというスタイルならば、十分に両立可能だろう。愛好者にはエポック社の5タイトルの件が頭にあるため抵抗を感じるかもしれないが、方向性はずっと違う。
と、「とやかくいう問題ではない」と言いながらとやかくいってしまった。ビジネスに首をつっこんでいくつもりは、少なくとも私には毛頭ない。そこまでのリスクを負う覚悟はないし、仕事ではなく趣味として楽しんでいるからこそ見えてくるものもある。愛好者は愛好者として、新しい楽しみ方を見つけていこう。そういう形でも、日本にボードゲーム文化を根付かせることに寄与しうると信じたい。
やがて日本のクラマーが、トイバーが、クニツィアが現われるかもしれない。私はそれを心待ちにしている。名もなき一愛好者として…(※第3章が記名記事にならなかったことへの当てつけではない)。
〈バネスト中野さんの感想〉
個人的には、そろそろ日本人デザイナーが数名登場してもいいような気がします。そうすれば応援しますよ、ハイ。
現状、輸入品に頼っているわけですからね。 ただ現在のゲームがらみの出版社の事情を考えると、どうなるか分からないのでリスクを回避していたり、たとえ計画があっても予算枠が少なく単発の企画だったりで、どうもインパクトに欠けます。
この手のものは、キッカケと継続的に供給できる資本、それに計画的な時間が必要でしょう。
あと日本の玩具業界は既にキャラクターがないと何もできないので、そうした部分でも魅力が無いと思われているのかもしれません。