1.エッセンまで
エッセン・国際ゲーム祭。世界中から15万人のゲーム愛好者が集まる年1回のフェスティバルだ。エッセンはドイツ北西部、デュッセルドルフの近くにある。成田空港からフランクフルトまで12時間のフライト、飛行機を乗り継いで1時間足らずでデュッセルドルフ、そこから電車で30分というのがスタンダードな行き方だろう。交通費は往復で10万円弱。
国際ゲーム際の目玉は何といっても中古ゲームだ。新作ゲームのうち主なものは今や半年以内にメビウスから訳付きで発売されるから新しがり屋さんの自己満足になりがちだが、中古ゲームはここでないと買えないものが多い。国内では1万円を下らないような名作絶版ゲーム、マイナーメーカーから数量限定で発売されたレアアイテム、メビウスによる展開の前に発売されていた定番ゲームなど、面白いゲームはまだまだある。ネット上でもめったに出回らず、日本にいる限りいくらお金を積んでも手に入らないものが少なくない。
ここに日本人が大金を投じてエッセンまで行く価値があると、私は思う。もちろん、ドイツのゲーム熱を一身に浴びてくることも大事なことにはちがいないが。
さて今回は個人の趣味だけで行ったのではない。新しく創刊されるボードゲーム雑誌「ボードゲーム天国」にお手伝いするという大義名分がついた。オフィス新大陸とは7名からなるライター、カメラマン、イラストレーターなどの若い人たちで、今年のゲームマーケットで知り合いになった。その後何度かゲームを一緒に遊んだが、どうやら彼らにとってボードゲームは仕事というよりもむしろ趣味のようだ。「ボードゲーム天国」は趣味にかける熱意と、プロダクションとしての技術の結晶ということになる。11月末から12月頃に第1号が出され、季刊誌化するという。
その第1号に寄稿依頼があり、あれこれ話を聞いているうちにエッセンに同行することになった。彼らがエッセンの記事を作る手伝いをしてほしいということだった。軽い気持ちで引き受けたが、どんなにハードワークか知ったのは後のことである。
2.-1日目―時差
時差を経験するのは初めて。お昼に出発して、12時間も飛行機に乗っているのに、到着したらまだ夕方。行きは1日がとても長い。しかしこれはあまり苦にならない。日本時間で言えば、徹夜で明け方に寝て、次の日のお昼過ぎまで寝てから夜型生活になるというパターンである。これは学生時代によくやったので慣れている。むしろ歓迎なくらいだ。
つくばの自宅を出てからデュッセルドルフのホテルに着くまで19時間。飛行機の中で映画を2本見たが、後はあまり眠れなかったので本を読んでいた。余談であるが、途中で読んでいた本は「都会のお葬式(此経啓助著・NHK出版)」。地域共同体が消滅し、家族すらも消滅しようとしている。人はどんどん孤独を選び、つかずはなれずの気楽な人間関係を好む。そして年を取り、やがて死ぬ。そのときに望ましい葬儀は、どういうかたちだろうか。これまで先祖の成仏を中心に据えてきた仏式の葬儀も変容せざるをえまい。
閑話休題、今回の行きは日本航空でフランクフルトまで、日本航空の無料送迎バスでデュッセルドルフまで。ステュワーデス、案内係は全て日本人、乗客もほとんど日本人、機内放送も日本語ということで、ホテルに着くまでドイツ語を話すどころか、聞くこともなかった。いわゆる「おのぼりさん」というやつである。ついでに言えば、宿泊先のホテル・ニッコーの客も日本人だらけ。ビジネスマン風の中で頭にバンダナを巻いたヒッピーみたいな格好は目立っていた。
時差による違和感があって夜中に何度か起きたが、さすがに長時間眠っていなかったので十分休むことができた。
3.0日目―プレス会合
今年の国際ゲーム祭は10月17日から20日までの4日間。だが、「ボードゲーム天国」のおかげで前日の16日に会場を訪れることができた。プレス関係者の会合と会場の下見である。
デュッセルドルフからエッセンまでは30分と聞いていたが、それは1時間に1本の特急を使った駅から駅までの時間。実際にはホテルからデュッセルドルフ中央駅まで歩き、各駅停車で45分、エッセン中央駅からメッセまで地下鉄で約10分。それに電車が来るのを待っている時間を含めると1時間30分もかかる。特に土曜日は電車が30分に1本なので、タイミングが悪くて2時間近くかかった。交通費も往復で20ユーロくらい。1往復する間に1ゲーム買える計算だ(ただし5人まで乗れる1日券を5人で乗ると激安)。
だが、電車の旅は思ったほど悪くなかった。見晴らしがとてもすばらしい。整然と並んだ白壁の家々、草原、紅葉の始まった森…眺めていて飽きない。車中でゆっくり話をできるのもよい。
ドイツの電車の仕組みも勉強できた。切符を買ってホーム口の機械で時刻をスタンプする。改札がないので券なしでも乗り込めるが、ときどき検札がやってきて券を持っていないと30ユーロの罰金を課される。これは券を持たずに乗車している場合だけでなく、行き先と違う券を持っていた場合にも該当する。乗る電車を間違えて途中で引き返しているとき、降りるところを間違えて次の電車で戻っているときに捕まってもアウトなので、券を買ってさえいればよいというわけでない。電車には行き先が書いていないし、ホームでの放送もない。時刻表や案内板を見て「これだろう」と思う電車に思い切って乗り込むしかないのだ。慣れない旅行者にはとても厳しい。この日は切符を買っていたのだが、スタンプを忘れていた。しかし検札にも会わずに無事到着。
会場最寄の駅である「メッセ東・グルーガ」に着いたときには感動した。「ノイエ」でその存在を知って以来、いつかは行ってみたいと思い続けていた憧れの場所。殺風景なところがかえって荘厳に感じられ、会場への足取りは自ずと緊張気味になった。
午前11時からプレス関係者の会合。30分ほど遅れて着いたときにはドイツゲーム賞の授賞プレゼンが始まっていた。金賞「プエルトリコ」のザイファルトのインタビューや、子供ゲーム賞「大追跡(ぜったい怪しい)」の寸劇。集まったプレス関係者はゆうに100名を超え、広いホールは満席に近い状態。その後アレックス・ランドルフ展の紹介などの催事紹介があり、会合は12時すぎに終了。
続いて新作の説明会。小さめの部屋に新作が並べられており、それぞれメーカーの担当者が説明をしてくれる。1ヶ所でたくさんのゲームを見られるというのはありがたい。しかもいい記事を書いてもらおうとしているのか説明がとても親切だ。いかにもプレス関係者に見えない私はツォッホのところで「プレス関係者?」と改めて聞かれてしまった。ある意味関係者というだけなので恥ずかしい。本物のプレス関係者たちはこの道のプロなのだろう、みんな真剣に取材していた。だがしかし、彼らの目がRPGの宣伝をしていたお姉さんにちらちらと奪われていたことは確かである。
説明会が終わると、準備中の各ブースを回ることができた。みんなとっても忙しそう。いつから始めていたのかは分からないが、まだのこぎりで板を切っている人などがいて、一体いつになったら終わることやら想像がつかなかった。おそらく徹夜同然で準備するのだろう。特に遠くから来ているオイロゲームズ(ユーロゲームズと言ったら「オイロ!」と直された)は突貫工事になっていた。
メーカー回りも疲れて休んでいると、隣にいたお兄さんが中古ゲームをもってきた。「アトランティックスター」のリメイク元となった「ショーマネージャー」があったりする。聞いてみるとそのお兄さんはオイロゲームズの関係者で、準備の合間に中古ゲームを買ってきたという。「明日からは忙しくて買ってる暇がないからね」…なるほどと思う前に、もう今日から中古ゲームが販売されていることに慌てた。
それから急遽、中古ゲーム漁りが始まる。中古ゲーム屋さんは全部で10件くらい。2,3件は閉まっていたが他はゲームを並べているところだった。探しているゲームがあったので片っ端から聞いてまわり、いくつか手に入れることができた。まだ箱から出ていないものもあったし、初期価格なのであまり安くはなかったが、タナボタであったことは間違いない。
持ちきれないくらい買って、ひいひい言いながら帰る。ホテルに着いたのは8時を過ぎていた。
4.1~4日目
ゲーム祭は4日間にわたって開かれる。朝10時開場で夜7時まで(最終日は6時まで)。2日もあれば全部回り終えるだろうと思ったのは間違いだった。お昼を食べる暇もなく会場を行ったり来たりで、エッセン市内観光どころかメッセから一歩も出られなかった。。
その理由はボードゲーム書籍のお手伝いをしていたことが大きい。メーカーやデザイナーの取材・インタビューが1時間刻みで入り、息もつけない忙しさ。長年憧れだったデザイナーが目の前にいるのに、感動している暇もない。途中からは2チームに分かれて行動したが、それでもゲームをテストプレイしたり、気になるゲームをチェックする時間は少なかった。
会ったデザイナーは全部で10人。アレックス・ランドルフはユーモアたっぷりのおじいちゃん。ヴォルフガング・クラマーは茶目っ気たっぷり、ライナー・クニツィアは礼儀正しい紳士、クラウス・トイバーは落ち着いた雰囲気。
フランク・ネステルは満点パパ、レオ・コロヴィーニは溌剌としたイタリア人、ウヴェ・ローゼンベルクは謙虚な若者、ラインハルト・シュタウペはハンサムボーイといったところ。
この他ニック・ノイヴァール、ペーター・パウル・ヨーペンからもインタビューを行なった。それぞれにゲーム観、人生観が異なるが、ゲームをこれからも作っていこうという熱意は共通していた。ドイツゲーム界で成功をおさめた数少ない人たちだが、現在の地位に甘んじることなく、さらに面白いゲームを追い求めていこうとする姿勢に感銘を覚えた。
これらの結果は「ボードゲーム天国」に少しずつ紹介されるはずである。乞うご期待。
5.注目のゲーム
さて、どのゲームが注目されていただろうか。今回だけで200ほどの新作が発表された。ラベンスバーガーやコスモスといったメジャーなメーカーから、ゲーム名が会社名だったりする小さなメーカーまで見てまわりきれるものではなかったが、あちこちの評判や店頭での販売などから、いくつかピックアップしてみよう。
★「王冠と剣(Krone und Schwert)」
クイーンから発売された「カルカソンヌ」の作者ヴレーデの陣取りゲーム。カルカソンヌのテイストをもちながら、より戦略的に仕上がっている。アミーゴではたらいているシュタウペが「噂ではこれが面白いそうだ」と言っていた。
★「アドベンチャー人類(Abenteuer Menschheit)」(旅立ち)
カタンシリーズの新作というだけに注目を集めていた。街道や船を使わないなど、新しいルールが取り入れられ、カタンの航海者の1シナリオというよりは、新しいタイプのカタンになっている。ちなみに6部作というのは「スター」という雑誌のことで、ゲームはこれで完結するとのこと。
★「私の羊、君の羊(Meine Schafe, Deine Schafe)」
フランスで9万セットの売り上げ記録をひっさげてドイツ発売となった。タイル並べゲームということで、カルカソンヌの二番煎じかと思われたが、ドミノに近い。自分が何の色を担当しているかいつ明かすかがゲームの鍵となり、シンプルかつエキサイティングなゲームだ。
★「一族(Clans)」(クランス)
カルタヘナとトランスアメリカですっかりオリジナルゲームでもおなじみとなったウィニングムーブズの新作で、コロヴィーニの作品。ばらばらだった家がだんだん集まっていく過程で、できるだけ自分の色の家を優位に立たせようというゲーム。ルールは簡単でお手軽。
★「ローマ(Rome)」
クニツィアがGMTから出した新作。幻の名作「古代ローマの新ゲーム」からいくつかのゲームを取り出し、改良を加えた作品ということで自ずと注目される。
★「フィッシュ・フルッペ・フリカデル(Fische Fluppen Frikadellen)」(看板娘)
いろいろなお店を回りながら安いところで買い物をし、高いところで売ってお金をもうけるゲーム。15人までできる拡張と言うのは、2,3セットを使って別のテーブルに並べ、海から別のボードに移動できるというルールだった。誰が3つも買うかわからないが、1つだけの基本セットでも十分遊べる。フリードマン・フリーゼの2Fゲームから発売。
ベルギーのお手軽カードゲーム。エッセンだけで1000部売れたという。点数をかせぐシンプルなゲームだが、いつでも割り込めるブラックカードでゲームが白熱する。
★「カルカソンヌ・狩人と採集者(Carcassonne – Jaeger und Sammler)」
新しく家のコマが登場。いくつかのルール変更があるが、基本的にはカルカソンヌのシステムを踏襲している。カルカソンヌ人気で売れに売れていたが、来年のアワードは厳しそう。
★「貴族、石、王国(Edel, Stein & Reich)」(宝石商)
シュタウペの名作「バザリ」のリメイクで来年のニュルンベルクで発売される予定。5人までプレイ可能になった。今回はボードがないのと、アクションカードにドイツ語のテキストがあるので、FX版のバザリの方がよいという人が多いかもしれない。ちなみにオリジナルのコピーはアウト・オブ・ザボックスから発売される。
★「コルサロ(Corsar)」
★「トール(Thor)」
★「デルフィ(Delphi)」
ハイデルベルガーとニュルンベルガーが共同で製作した歴史カードゲーム。コルサロはクニツィアの「パイレーツ」のリメイク、トールは「フリンケ・ピンケ」のリメイク、デルフィはギュンター・ブルクハルトの新作。
このほか、予約でほとんど第1版をさばいたR&Dゲームズの「キーセドラル(Keythedral)」、ミヒャエル・シャハトの鉄道ゲーム3部作「モーグル(Mogul)」「クレージーレース(Crazy Race)」「ステーションマネージャー(Station Manager)」あたりが注目作。クワリの「ズージム(ZooSim)」、ローゼンベルクの「ボーンハンザ(Bohn Hansa)」については、実際にテストプレイをしたのでこちらを参照されたい。
6.帰途
帰りの飛行機は夜出発の昼到着。早朝かと思ったら、日本ではもうお昼を過ぎているという状態だ。行きに7時間借りて、帰りに7時間返すので、当たり前のことだが結局時間は損も得もしていない。疲れもあって爆睡したが前後に食事が出るので4時間ほどしか寝られなかった。もっとも、夜遅く寝て早朝に起きるのはお寺での修行で慣れているので問題はない。要は日常的にリズムが乱れた生活をしている分、時差ぼけも少なかったということだろう。
観光は帰国する当日の日中に数時間できた程度だった。それでも教会の大聖堂をみたり、デパートでゲームを見たり、古い街並みを散策したりして楽しかった。ゲームは中古を中心に30個ほど(ボードは15個ほど)買ったが、トランクに詰めるだけ詰めて、後は手荷物として機内に持ち込んだので送らなくてもすんだ。成田の税関ではぼろっちい中古の箱しか見えなかったためか大通し。途中ビニール袋のもつところが切れたりして運ぶのにたいへんだったが、送料がかからなかったのでOKとしよう。
もし次回いく機会があるとすれば、今度は一般の来場者と交流をしたいものである。今回も何人かの人(特に赤ちゃん連れ)と話をしたが、家族や友人がゲームの単位になっていることがよくわかってとても面白かった。もっとたくさんの人と話を聞きながら、一緒にテストプレイをしたり、普段どうやって遊んでいるか聞いたりしながら、インターネットや雑誌では知ることのできないドイツのゲーム文化を吸収してみたいと強く感じた。それが、世界的に有名なコンシューマーゲームの先進国である日本の我々にとって、どうしてアナログゲームが魅力的なのかを知る手がかりとなるだろう。
ちなみにドイツはメッセ王国。このゲームメッセの直前にはフランクフルトでブックメッセがあった。また直後にデュッセルドルフで「エロティックメッセ」なるものが開かれることを知ったとき、衝撃を受けた我々であった。ドイツ人は進んでいる。