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ルール和訳のコツ

日本は翻訳大国と呼ばれるほど、さまざまな種類の和訳があります。古今東西、文学作品から説明書まで、日本人はなかなか好奇心旺盛と見えて、本屋に行けば数え切れない和訳を見つけられることでしょう。

海外、特にドイツのボードゲームも、ほとんどの場合和訳ルールが必要です。セレクタなど、まれに日本語ルールが付いているものもありますが、英訳までは何とかあっても、和訳まではサポートされていません。

毎年たくさん発表されるゲームの中には、メビウス・バネスト・広島が和訳を作成してくれるものもたくさんあります。その数は需要の高まりもあって増えているようです。しかし知名度の低いデザイナー・メーカーのゲームや古いゲームの場合、和訳は自分で作るしかないことがあります。

これから日本にさまざまな種類のゲームを流通させ、遊びの可能性を広げるためにも、和訳を作って公開する人がもっと増えることが望まれます。ここでは、和訳を手がけようとしている人のためにルールを和訳する際の留意事項をまとめておきたいと思います。項目によっては、和訳ルールだけでなく、同人ゲームなどを作っている方のルール作成に参考になるかもしれません。

  1. 訳語を工夫しよう…タイトルにはインパクトを/訳語を統一する/特有の単語は括弧書きに/ストーリーも手抜きしない/原語にあたる/意味不明なところは後で
  2. 文法に気をつけよう…助動詞に注意/冠詞に注意/単数・複数に注意/「以上」「以下」「未満」
  3. 直訳は読みづらい…主語を省く/副詞・形容詞は簡潔に/受動態は能動態に/訳者注を入れる/文の切れ目を変える/関係詞節は切り離す/言葉遊びや名前は日本版にしてみる
  4. 遊びやすくする工夫…音読しても分かる/カードも訳す/テストプレイで修正/ルールの重複を省く/構成をいじってみる/図解を入れる
  5. 和訳を公開する…翻訳公開許可願テンプレート(英語・ドイツ語)

03/01/21追記:「以上」「以下」「未満」
07/03/27追記:助動詞に注意müssen nicht、構成をいじってみる、訳語を統一する、図解を入れる
07/03/28追記:和訳を公開する

1.訳語を工夫しよう

(1)タイトルにはインパクトを
もっとも簡単なのはカタカナで音写してしまうことですが、自分なりの味付けをしてみてはいかがでしょうか。タイトルの名訳として名高い「操り人形」は、ドイツ語では「OhneFurcht und Adel(恐れも気品もなく)」、フランス語・英語では「Citadel(要塞)」となっていますが、音写したり直訳したりしたら分かりやすさはインパクトは薄かったでしょう。語呂が悪かったり、日本語にすればありふれている言葉だったら、ぜひ自分の言葉でタイトルをつけてみるのも一興かもしれません。
でもわかりやすくするために「おうまのレース」などといった幼稚なタイトルをつけるのも考えものです。ほかの同じテーマのゲームと重なるかもしれず、そのゲーム特有のものが伝わってきません。

(2)訳語を統一する
ひとつのルール内で、同じ用語が別様に訳されていたらわかりづらくなります。特にコンポーネントについては、どれにどの名前をつけたか説明した上で、最後まで同じ訳語を心がけましょう。また、ルールでよく使われる「1ゲーム」「4ラウンド」「3フェイズ」「3アクションポイント」「3ターン」などの単位も、訳を統一しておくことが必要です。
まれに原語でも同じ物を別の言葉で表すということがなされます。それに応じて日本語を変えるのも一興ですが、ルールのわかりやすさを優先して同じ訳語で統一する方をお勧めします。このあたり、文学作品などの翻訳とは異なる意識が必要です。

(3)そのゲーム特有の単語は括弧書きに
ルール中で特別な意味で使われている語は括弧書きにしておきましょう。ゲームにはそれぞれ「○○カード」「××チップ」といった特有の名称が与えられます。カードやチップなどが付いていればまだわかるのですが、中には雰囲気を出すために「証明」「エサ」など一般名詞のままでルールを書いていることも少なくありません。これをそのまま文中に埋め込んでしまうと、コンポーネントについてのルールなのか、状況を説明しているだけなのかわかりづらくなってしまいます。

(4)ストーリーも手抜きしない
最初に書かれているストーリーはゲームのテーマや魅力に大きく関わってきますので訳してみましょう。ルールに直接関係がなくこれがなくても遊べますし、文学的な表現やくだけた表現があって訳しづらいですが、訳せばそのゲームに対する思い入れが深まるはずです。ストーリーはルールブックだけでなく箱の裏にさりげなく書かれていることもあります。

(5)原語にあたる
ドイツゲームはできればドイツ語ルールを参照しましょう。ネット上に流れている英訳はもとより、ドイツのメーカーが添付した公式の英訳でも誤訳がときどき見られます。また、ストーリー部分などが省略されていたり、構成やルールが故意に変更されたりするなど、「訳を訳す」ということにはどうしても不正確さがつきまといます。ドイツ語は原典。ここにあたることが一番です。ドイツ語が読めないなら語学書を買ってきて勉強するくらいの気持ちでいきたいものです。

(6)意味不明なところは後で
意味がわからない場合は、いったん直訳にして後で考え直しましょう。書き方が不親切なルールや、スラング・慣用句がある箇所は少なくありません。またいくらしっかり構成されていても、普通の翻訳と違って最後まで読まないとわかりにくいことがあります。ですからとりあえずわからなくても、直訳で(単語の意味だけでも)書き留めておいて、最後に訳すという方法をとってみましょう。意味不明なところで引っかかると、それで頓挫してしまうことがありますが、後で読み返すことでわかってくることも多々あります。

2.文法に気をつけよう

(1)助動詞に注意
ルールで重要なことのひとつに、「必ずそうしなければならない[=したくなくともしなければならない]のか(must,müssen)」、「そうすることができる[=したくなければしなくてもよい]のか(can,may, konnen, dürfen)」という問題があります。またこれらに否定がついたときに「しなくともよい」「してはならない」のどちらになるのかということにも注意を払わなければなりません。ただし、「~しなければならない」は「~する」という表現でたいてい通じます。
よく間違うのは、ドイツ語のmüssen nicht=「しなくてもよい、する必要がない」を、英語のmustnot=「してはいけない」と混同することです。
müssen = must (したくなくとも必ず)~しなければならない
dürfen = may (したくなければしなくてもいいが)~できる
müssen nicht = need not (したくなければ)~しなくてもよい
dürfen nicht = must not = may not (したくとも絶対)~してはいけない

(2)冠詞に注意
定冠詞(the,der)と不定冠詞(a,ein)の違いは日本語に反映しづらくて見落としがちですが、非常に重要な違いがある場合があります。たとえば、誰に対してであっても構わないのか、特定の誰かに対してのみなのかとか、どのカードでもいいのか、決まったカードなのかいうような違いです。ルールが曖昧だったときには、冠詞に注意して読み直してみましょう。

(3)単数・複数に注意
同様に単数か複数かを日本語で表すのは難しく、見落としてしまいがちですが、これも非常に重要な違いになることがあります。たとえば、プレイヤー1人なのか、全員なのかとか、カード1枚なのか、全部なのかというような違いです。英語やドイツ語ははっきりしているので見逃さないようにし、訳すときは文を増やしてでも説明しておきましょう。

(4)「以上」「以下」「未満」
カタンの開拓者で、7が出たときの手札制限は7枚以上でしょうか、8枚以上でしょうか? ルールにはmehrals sieben/more than sevenと書かれています。これは7枚以上ではなく、8枚以上ということです。日本語の以上、以下は≧、≦を表しますが、英語・ドイツ語のmehr(weniger)als /more(less) thanの意味は>、<で、その数を含みません。weniger als /less thanは「未満」に対応していますが、mehr als / more thanに対応する日本語はありませんので、数をひとつ増やして「以上」を用います。ただし小数まである場合には「~以下でない」という表現しかありません。わかりにくくなるところですが、正確を期しましょう。

3.直訳は読みづらい

翻訳ソフトで訳したような直訳調のルールは、読んでいて分かりづらいものです。無用だと思われることはどんどん落とし、必要な情報は追加してこなれた訳にしましょう。日本語としてのリズムが大切です。

(1)主語を省く
前の文とのつながりで理解できると判断できるものは、どんどん省略してみましょう。日本語では主語がよく省略されますので、原語の主語を全部訳してしまうとくどくなり、字数も増えてわかりにくくなるものです。

(2)副詞・形容詞は簡潔に
ドイツ語や英語の特性として、副詞や形容詞が多いということがあります。これを全部逐語的に並べると、日本語としてはくどい上に一節が伸びて理解しにくくなってしまいます。そこで、複数の形容詞があっても一語に訳すなど、工夫してみましょう。

(3)受動態は能動態に
日本語では無生物の受動態というものになじみがないので、能動態に戻して訳すのが効果的です。
Die Karten werden neben dem Spielplan gelegt.
△カードはボードのそばに置かれます。
○カードをボードのそばに置きます。

(4)訳者注を入れる
訳していて理解できなかったところや、解釈がわかれるようなところ、それから実際のプレイで間違いやすいところなどは、「訳者注」として括弧書きで入れておきましょう。このあたりは訳者のゲームセンスが大事です。

(5)文の切れ目を変える
主語を省略したりした結果、1文の長さが短くなったりします。あるいは説明調で訳すと長くなることもあるでしょう。そんなとき、前後の文と連結したり、文を切り離したりして日本語として読みやすい長さに調節しましょう。特に長すぎる文はわかりにくいので要注意です。

(6)関係詞節は切り離す
関係代名詞によって導かれる一節は、切り離して別の文にしてしまった方がよいでしょう。直訳して名詞の前にずらずらと並べると、非常にわかりにくくなってしまいます。文体にこだわらず、わかりやすさを優先することが大事です。
Bilden Sie zwei Stapel, von denen Sie jeweils die oberste Karte aufdecken.
△それぞれ一番上のカードをめくった2つの山札を作ります。
○2つの山札を作り、それぞれ一番上のカードをめくります。

(7)言葉遊びや名前は日本版にしてみる
ルールの中にはときどき洒落やギャグを入れて笑いを誘うことがあります。しかし日本人には訳してもチンプンカンプン。そんなところは特に、完全に日本版の言葉遊びに変換してしまった方がよいかもしれません。例などで出てくる名前もそのままカタカナにするのではなく、一郎・二郎・三郎・松子・竹子・梅子(古いな)といった日本的なものにバッサリ変えてしまうと、文字数が冗長にならずまた登場人物の整理がつきやすくなります。(その分、外国のゲームらしさは薄れてしまいますが)

4.遊びやすくする工夫

(1)音読しても分かる
ルールは読んで味わうものではなく、遊ぶための前提になるものです。そのため早く理解でき、誤解がないことに価値がおかれます。さらっと音読しても聞いてわかるように、同音異義語をなくしてシンプルな構成にしましょう。例えば「特典」と「得点」は聞いて区別できませんので、「特典」を「ほうび」などに変えたりします。
また、章立てがきちんとわかるようにフォントを大きくしたり、下線を引いたりしておくのも重要で、そのためにはテキストファイルよりもhtml形式やワープロソフトのファイルなどが有効です。また、ルールの要約を独自に作っておけば参照しやすくなります。

(2)カードも訳す
訳すのはルールだけとは限りません。カードやボードのテキストも訳したほうが絶対遊びやすくなります。そしてできればこの訳をシールに印刷して貼り付けるか、紙片に印刷してカードスリーブに一緒に入れておくなどしておき、遊びやすさを高めた方がよいでしょう。これをやるとやらないとでは、ゲームの印象も全く違ってきます。

(3)テストプレイで修正
メビウス訳のすぐれている点は、テストプレイを行った上で分かりにくい点などを修正していることにあります。完璧な和訳は難しくとも、テストプレイの中で発見される間違いや改良点はたくさんあるはずです。和訳をいったん仕上げたら、その和訳を見ながらテストプレイしてみることをおすすめします。

(4)ルールの重複を省く
親切すぎて何度も同じことを説明するルールがあります。どう考えても無駄な繰り返しだと思われる部分は思い切って省いてみましょう。ただしこれによってルールがわかりづらくならないよう、十分に配慮しなければなりません。翻訳業者の世界には「訳抜け」という言葉があるそうです。省略も過ぎると手抜きに見られます。コンパクトにまとめつつ、省いたところをうまく反映させるのが腕の見せどころになるでしょう。対象年齢最低限でも読んでわかるというのがひとつの目安になるかもしれません。

(5)構成をいじってみる
ひとつの項目についてルールがあちこちに散らばって書かれていたり、肝心なことを巻末のFAQに載せていたりと、メーカーによってはルールの構成がきちんとしていないことがあります。そういう場合は、ルールの順番を変えて同じ箇所にまとめたり、FAQをルールに組み込んだりする大胆な編集も功を奏することがあります。

(6)図解を入れる
近年のルールは、カラフルな図解をたくさん入れて分かりやすくしています。訳を作るとき、「原文○ページの図2参照」などと書くのが普通ですが、スキャナなどで図解の画像を取り込んで貼り付けると使いやすいルールになります。画像を使った和訳を公開するときには著作権の問題が発生しますが、コンポーネント自体をコピーするのではないので、たいていのメーカーは使用許可を出してくれます。

5.和訳を公開する

面白いゲームは仲間だけで独占していてはいけません。より多くのゲーム愛好者に面白さを知ってもらいましょう。そのためにはゲーム紹介やプレイレポートを書いてインターネットで公開することも大事ですが、それだけでは単なる「皆が持ってないゲームをやったでー、ええやろ?」という自慢に過ぎません。他の人もゲームを個人輸入するなどして入手しやすくするため、ぜひルールの和訳を公開してほしいと思います。完全な和訳でなくとも、要点を記したレファレンスでもかまいません。和訳がインターネット上に公開されていれば、より多くの人が個人輸入して遊ぶばかりでなく、場合によってはゲームショップも取り扱ってくれるかもしれません。ドイツ国内ではマイナーでも、日本人の嗜好にあるならば日本でメジャーになることだって十分ありうるのです。

さて公開にあたっては、メーカーかデザイナーに許可をもらっておくのが無難です。今はメールでちょっと送ればいいだけですから、たいへんなことはありません。ほとんどの場合、公開許可をもらうことができます。以下に英語とドイツ語による、許可願のテンプレートを記しておきますのでご利用ください(ただしこれによって発生したいかなるトラブルについても責任は負いかねます。自己責任においてご使用ください)。許可願のポイントとして、無償で配布すること、返事がない場合の対策として期限までに返事がなければ容認したとみなすことを記してあります。

翻訳公開許可願テンプレート(英語)
タイトル:Open my translation of the game rule
本文:Dear sir or madam,
Hello, my name is (名前), I live in Japan. This time I bought “(ゲーム名)”.I enjoyed myself so much by this that I translated this rule into Japanese.
I would like to open my translation in a web site(URL http://ホームページアドレス)and ask you to agree to do so.
The translation can be freely downloaded. If there is any other conditions,I observe it. Please let me know.
If there is any problem, please send me a email. In this case I would followyou soon or refrain from opening my translation. Otherwise you do not haveto answer to me. I will regard in this case as agreement and open my translationof the rule in internet about one month after this mail.
Thank you for your consideration in advance.
Sincerely yours,
(名前)(メールアドレス)

翻訳公開許可願テンプレート(ドイツ語)
タイトル:Veroeffentlichung einer Spielregel-Uebersetzung
Sehr geehrte Damen und Herren,
mein Name ist (名前), ich wohne in Japan. Vor kurzem habe ich Ihr Spiel”(ゲーム名)” gekauft. Ich hatte an dem Spiel so viel Spas, dassich die Spielregel ins Japanische ubersetzt habe.
Ich wuerde gerne meine Ubersetzung auf einer Web-Seite (Url http://ホームページアドレス)veroeffentlichen und bitte hiermit hoflich um Ihr Einverstandnis.
Die Uebersetzung wird kostenlos zum Download zur Verfuegung gestellt. Wennes andere Bedingung gaebe, halte ich das. Bitte lassen Sie mir das wissen.
Falls hier andere Schwierigkeiten bestehen sollten, so bitte ich um eineMail. In diesem Fall werde ich meine Veroffentlichungen nicht fortsetzenbzw. sofort einstellen. Anderenfalls brauchen Sie mir nicht zu antworten,ich wurde in diesem Fall Ihr Einverstandnis voraussetzen und ca. einenMonat nach dieser Mail meine Uebersetzung der Spielregel ins Internet stellen.
Ich danke Ihnen sehr herzlich fur Ihre Muhe.
mit freundlichen Grussen,
(名前)(メールアドレス)

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ボードゲームの本特集

 Exciteブックスの『ニュースな本棚』にて、「ボードゲームで盛り上がれ!」と題したボードゲーム特集を発表しました。現在の日本のボードゲームシーンを、ボードゲームに関する本を通して幅広く紹介しています。先日ボードゲームサイトで行ったアンケートも踏まえられており、たいへん面白く、勉強できる内容です。(Excite 02/12/11)