山形新聞連載コラム(6):ファシリテーションスキル

7月5日の日曜随想掲載分。前回はこちら


 檀家さんがある住職さんからとてもいい話を聴いたという。「とってもいいお話でした」「どんなお話だったんですか?」「ええと、あれ何だっけ、とってもいい話だったんだけどなあ(笑)」
 こういうことは別に認知症でもなく誰にでもある話だ。「ラーニング・ピラミッド」といって聴くだけでは5%しか憶えられず、読むと10%、映像で20%、実演で30%と定着率が上がっていくという。とてもいい話だったと憶えているだけでも大したものなのだ。
 コロナ禍でしばらくお休みとなっていた講演会や研修会が徐々に再開し始めた。講師として呼んで頂くからには、皆さんに楽しんでもらおうと、無茶振りなテーマでも下調べして臨む。「お坊さんは何を言ってもそれらしく聞こえるからずるい」と妻に言われるが、自分自身の経験(主に反面教師)から、いろいろなことに気をつけている。例えば次の通り。
 終始機嫌よく、前置きを短く、ホットな話題でつかむ、最初に結論、専門用語は言い換える、脱線しすぎない、聴いている人の反応をよく見る、話したい話よりも参加者が聞きたい話を心がける、終わる時間を厳守する、質問の時間を設けるなど。
 こういったスキルは、ボードゲームのルールを説明するときのノウハウでもある。長いボードゲームだとルール説明だけで30分以上かかるものも珍しくない。その間、聞く人の集中力を切らさぬよう、必要事項を漏らさず正しく覚えていてもらえるようにするには、上記のようなスキルだけでなく、興味が持てる雰囲気作りや、伝えたい情熱も必要となる。
 とはいえ、これだけ工夫しても「いい話だった。何の話か忘れたけど」になるのは淋しい。そこで力を入れているのが、実際に何かやってもらうことだ。「ラーニング・ピラミッド」の話に戻すと、話し合うと50%、実践すると75%、他の人に教えると90%憶えていられるという。講演も座学だけではなく、隣の人と話し合ってもらったり、席を立ってあちこち移動してもらったりする。ワークショップとか、アクティブ・ラーニングと呼ばれる手法である。
 例えば布施の話をするとしよう。「与えることとは欲張らないこと。見返りを求めず、相手が喜ぶこと自体を自分の喜びとすること」という仏の教えがある。しかしこれだけでは「いい話だった」で終わってしまいかねない。そこで隣の人とペアにして、お互いに相手にプレゼントしたいものを話し合ってもらう。相手の趣味や家族構成などを考慮して、自分が知っているものの中から何を贈ったら喜んでもらえるだろうかという思考実験である。ある婦人会で実施したところ盛り上がりすぎて話が止められなくなり、ここでの話がもとで本当にプレゼントしてもらったという話も聞いた。
 ちょっとしたゲーム形式にすることもある。「アンガーマネージメントゲーム」といって、例えば夫婦共働きで同じくらいの時間に帰ってきた時、妻が急いで夕食の支度をしているのに、夫がソファに座ってスマホをいじっていたらどれくらい頭にくるかを1~10で数値化してもらい、隣同士で当てっこする。やってみると結構当たらないもので、人によって怒りのツボが違うだけでなく、同じ人でもその日の体調や機嫌でだいぶ変わることに気づく。
 参加者が話し合っている間、講師はテーブルを回って生の声に耳を傾けるが、決して批判したり、自分の「正解」に誘導したりしない。前向きでない人がいたら何とかやる気を引き出して、参加者同士の相互作用から生まれる気づきを尊重する。そのうち自分自身も新しい気付きや課題が見つかることがあり、学びが多い。

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