日本遊戯思想史
現代人にとって、ボードゲームは手軽に遊びにくい趣味である。時間を合わせて人が集まるというだけで困難が伴う。自然と時間の短いミニマルなゲームが好まれるようになり、時間がかかる上に値段も高いゲーマーズゲームは(一部のマニアを除いて)敬遠される。この傾向は、ヨーロッパよりアジアが顕著である。さらにいい大人たちが真っ昼間から集まって遊ぶということへの冷たい目や後ろめたさが輪をかける。どうしてそうなるのか。宗教的・経済的な背景とともに、忘れてはいけないのが歴史的な背景だ。
本書を読んで分かるのは、中世から現代にいたるまで一貫して、遊戯は賭博と切り離せなかったことである。中世には貴族が賭け囲碁や賭け双六に興じる一方で、庶民には賭博を度々禁じていた。確かに家財一切どころか宅地まで賭けたり、喧嘩で傷害事件が起きたりするのは治安に悪影響を及ぼしただろうが、不公平なことである。明治初期には賭博をしたものだけでなく、ダイスやカルタを売る者も犯罪者であった。大正創業の奥野かるた店の会長が以前のシンポジウムで、「長い間いい商売だと思いませんでした」と仰ったのも無理もないだろう。
その中で双六打ちが芸能の職人と目された時代があったことは興味深い。これは『本双六』という、バックギャモンのようなボードゲームに高度な習熟を必要としたためであるという。貴族の娯楽/職人の芸能という方向性はそのままカジュアルゲーマー/ガチゲーマーにも通じそうだ。
明治になると、賭博だけでなく遊び一般にも「未開の醜風、賭博同様の所業」「自然に遊惰の風習に陥り」と捉えて敵視されるようになる。富国強兵を目指す明治政府の方針だったが、今日の遊びに対する冷たい目や後ろめたさにもつながっていると思われる。一方で「教育玩具」が登場し、子供たちを軍国主義に染め上げていく。純粋な遊びの道具としてではなく、知育玩具としてボードゲームを子供に与えることへの抵抗感があるとすれば、このあたりの反省ももしかしたらあるのかもしれない。
現代については、公営ギャンブル関係者による賭博の正当化と、ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』とカイヨワ『遊びと人間』をはじめとした哲学が紹介され、『レジャー白書』をもとに公営ギャンブルの凋落、伝統遊戯の減少、オンラインゲームの堅調という傾向で結んでいる。
遊戯といえば賭博、賭博といえば遊戯という時代がほとんどだった日本において、賭博に全く関心がないボードゲーム愛好者はどう位置づけられるだろうか。この問題が最後に残る。本書では戦後の高度成長期から、日本レクリエーション協会などによって余暇の問題が考察され、関心が高まったという。全く賭けないでコミュニケーションや勝敗を楽しむプレイヤーの増加は、余暇が市民権を獲得したことや、テレビゲームの隆盛が背景にありそうだが、ほかにも要因があるかもしれない。読者のみなさんはどう考えますか?
ライツ(Rights)
取るべきか取らざるべきか
自分の番には山札から1枚引き、手札からカードを1枚出す。ほしければ自分の前に置き、いらなければ左となりの人に渡す。となりの人はお金とともにカードを受け取るか、1金をつけてさらに左どなりの人へ。いわゆる『ゲシェンク』方式である。
カードを集めるゲームなのに、どうしていらない場合があるのかというと、ゲーム終了時の得点計算に理由がある。各種類ごとに、一番多く集めた人は、同じカードを集めている人からお金を取る。しかも、1枚につき2金(デザイン使用料だという)。そのため、1位を取れそうにないカードを受け取ると、マイナスになってしまう。ほかの人の状況と、自分の手札を見て、取るか取らないか大いに悩もう。
カードの総数は種類ごとに決まっていて、「5」のカードは5枚、「10」のカードは10枚。「5」のカードなら3枚集めた時点で1位確定だが、「10」のカードは3枚集めてもまだ分からない。
誰かが決められた枚数を取ったらゲーム終了。残った手札を自分の前に加え、種類ごとに枚数を数え、一番多く集めた人にお金を払う。お金のやりとりをして、一番多かった人が勝ち。残った手札を加えるというところがポイントで、一発大逆転もありうる。1位を取れそうにないカードを集めている人がいたら、同じカードが手札にいっぱいあると考えてよいだろう。
4人プレイで20分ほど。序盤に「5」のカードが3枚出てしまったので、「10」をめぐる攻防戦がメインとなる。みんなが「10」に熱中している間に、「7」や「8」といった微妙な枚数のカードを集めに走り、できるだけ場札に出さないようにして貯めこんだが同じことを考えている人がいた。1位タイではお金をもらえないというルールがあり、枚数がことごとくかぶって収入がほとんど入らず3位。「あれ? そういえば8が出てないですね」「誰か貯めこんでるんでしょ」などと探りを入れたりするのも楽しかった。
お金を支払うリスクを承知でカードを取るか、お金が入るように取りにいくか。左どなりの人が集めているカードが自分のところに回ってきたとき、止めるか渡すか。1位を取れなさそうなカードが回ってきたとき、お金がいくらついていればもらうとよいか。シンプルなルールの中にクニツィア的なジレンマが仕込まれている作品だ。
Rights
佐々木隼/オインクゲームズ(2015年)
3~5人用/9歳以上/10~20分