ネーパール

先週に引き続きお葬式の手伝いを頼まれ、つくばから山形へ。そのまま来週明けまで山形にいることにして、家族とは離れ離れだ。ついでにいうと山形も母と祖母が北海道に旅行のため独り暮らし。
7:50に家を出て13:10にお寺に着いた。道中は『精子戦争』(ロビン・ベイカー)を読んでモヤモヤしたり、昨日のゲーム会のレポートを書いたりして過ごす。『精子戦争』読了したらレビューに書こうと思うけれど、世界観変わりますよこれ。
そんな本を読んでいたので、お葬式の進行ではうっかり変なことを口走りそうになる。「亡くなったおじいさんの遺伝子は、皆様にもしっかり受け継がれております、これを不倫してでも後世に伝え、子孫繁栄を……」ダメダメ!
お葬式が終わって、折角だからヒッポファミリークラブに出ようと米沢まで足を伸ばす。しかし今日は休み。がっくりしていたところ、同じ会場で素敵な催しを見つけた。米沢市国際交流協会が主催する国際理解講座・ネパール編というものである。
恐る恐る会場に入ると、一般当日参加OKとのことだったので喜んで聴講する。講師は米沢に嫁に来て10年というチャンダー・スレースタ伊藤さん。米沢在住600人の外国人のうち、唯一のネパール人だとか。
http://www.city.yonezawa.yamagata.jp/shisei/hisyo/kouhou_yonezawa/kouhou_pdf/060501PDF/15.pdf
お名前のチャンダーは月、名字のスレースタは最良、最年長という意味のサンスクリット語。クシャトリヤ・カーストだとか。名前、名字という順番は欧米と同じなんだって。
ネパール舞踊の日本公演で来日したとき、米沢在住の旦那さんから見初められたらしい。インドやネパールなどの保守的な国で、女性が外国にお嫁に行くということは非常に珍しいと思う。事実、父親が「牛肉を食べる日本人なんかとの結婚は絶対反対!」で、父親が亡くなってからようやく結婚したのだという。ましてや米沢といえば米沢牛だもんな〜(チャンダーさんは今も牛肉どころか豚肉も食べない、食べたいとも思わないそうだが、子どもには栄養のため豚肉は与えている)。
国教がヒンドゥー教のネパール、下位カーストの友達を部屋に入れてはいけないとか、結婚相手の家系は下位カーストが混じっていないか三代前まで調べるとか、そんなのを無視して恋愛結婚でもしたら親が亡くなったとき葬式に出られなくなるとか、日本だったら人権問題になりそうなことが常識としてまかり通っている。「日本みたいに自由ない、ダメダメいっぱい」なのである。
終わって雨乞いのダンスを披露してもらい、柔らかな指先の美しさに見とれる。ネパールのサリーも(色合いがインドとちょっと違うような気がする)美しい。
それから会食。Alu Ra Anda Ko Tarkari(ポテト・エッグカレー)ネパールから取り寄せたスパイスでチャンダーさんが自ら作ったカレー、そしてチャイ。クミンの懐かしい味につられてつい3杯も食べてしまいお腹いっぱい。
そしてネパールの公用語であるネパール語と、チャンダーさんの民族言葉であるネワール語をちょっと教えてもらう。同じようなものかと思ったがこれが大違い。
「私の名前は○○です。」が、ネパール語だと「メロ・ナーム・○○・ホー」、ネワール語だと「ジグナン・○○・コー」。「私は△△に住んでいます。」はネパール語なら「モ・△△・バスツィエ」、ネワール語なら「ジ・△△・ツォナツォナ」。ツォナツォナって!
ネパール語は、ヒンディー語のベンガル訛り(アがオになる)みたいな感じで分かるが、ネワール語は別系統なのだろう。ネパール人でもネワール族じゃなければ分からないって言うんだからしょうがないか。
チャンダーさん、さすが来日10年だけあって日本語が堪能。「家サ帰ります」……やっぱり訛りますよね。
たまたま見つけたにしては最高にピッタリの催しだった。運がいい。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。