表現の自由か規制か、少数派の包摂か多数派の権利保護か、意見が対立する中で揺れ動く正義、特に公共的理性についての論考。一言でいえば「過ぎたるは及ばざるが如し」「不適切にもほどがある」というような話。557ページという大部だが、前著『21世紀の道徳』や、「多様性の中の合意形成」という自分の問題意識とリンクしていて、読了できた。キャンセルカルチャー、特権理論、インターセクショナリティ理論、アファーマティブアクション、アイデンティティポリティクス、トーンポリシング、マイクロアグレッション、弱者男性論、エコーチェンバー、適応的選考形成といったキーワードにピンとくる人にはおすすめ。
- SNSクラスタでは意見を変えると裏切り者になり、真面目に反論する良心や善意が搾取対象になる
- 「道徳的・政治的な目的のためには、アカデミックな場でも議論を制限することが必要になる」という発想が浸透している
- マジョリティに罪悪感を抱かせてマイノリティを支援する方向に誘導するレトリックには反発される危険性がある
- マジョリティとマイノリティとの属性の違いを強調しすぎると、マイノリティに対する共感や想像が妨げられる
- アリストテレスは適切な仕方や程度ならば怒りを表出させるのは理性の範囲内という
- 自力救済を重視し、侮辱に敏感な「名誉の文化」、寛容と交渉を重視する「尊厳の文化」に対して最近登場した「被害者意識の文化」では、自分が被害者であると強調し、権威や第三者に訴えることで自分の要求を通そうとするが、自分を不幸にさせる恐れがある
- マイクロアグレッション理論は、何が相手を傷つけるかわからなくなるため、何もしないことが最善策となり、異なる背景を持つ人とのコミュニケーションを避けるようになってしまう
- 男性が男らしさを求めざるを得ないのは、多くの女性が経済力の高い男性をパートナーに選ぶため(高収入な女性であっても男性を扶養したがらない)
- 「かわいそうランキング」「負の性欲」「ぴえん」「お気持ち」「フェミ騎士」などは弱者男性論者のジャーゴン
- 恋人がいない、結婚できないことで、孤独による病気と自殺のリスクがあるという不利益が、公的な対処が必要な理由である
最後に、前著の「道徳的実在論」ではありえなかったはずのロシアのウクライナ侵攻とイスラエル問題について。世界を見回せば全体的にいい世の中になっているとはいえ、できるだけ事実を調べたり、しっかりと考えたりしたうえで、自分がすべきだと思った発言をすること、世の中をより良くしたいという思いを持ちながら、他の人々の理性に訴え続けることが説かれています。講演や原稿執筆で心がけていこうと思う。