昨年に続き46分間の坐禅と黙祷。愛する人との死別を想うとき、「至誠」(まごころ)という言葉が思い浮かんだ。姉、弟、2人の娘、長男を亡くした西田幾多郎の言葉である。
至誠は相見て相言う能わざる所に存するのである。我らの相対して相言う能わざりし所に、言語はおろか、涙にも現すことのできない深き同情の流が心の底から底へと通うていたのである。(西田幾多郎)
昨年に続き46分間の坐禅と黙祷。愛する人との死別を想うとき、「至誠」(まごころ)という言葉が思い浮かんだ。姉、弟、2人の娘、長男を亡くした西田幾多郎の言葉である。
至誠は相見て相言う能わざる所に存するのである。我らの相対して相言う能わざりし所に、言語はおろか、涙にも現すことのできない深き同情の流が心の底から底へと通うていたのである。(西田幾多郎)