チャックパーラ長老の物語

短いフレーズで知られる法句経が、どのような経緯で説かれたかを解説した『ダンマパダ・アッタヴァンナナー』の最初の説話「チャックパーラ長老の物語」を講読。『真理のことばの物語集』全4巻(松村淳子訳/国書刊行会)より。

お釈迦様の説法を聴き、弟の反対を押し切って出家したチャックパーラは、5年間の見習い期間の後、3ヶ月間横にならないという修行に励んだ。途中眼の病気になったが、医者の言うことも聞かずに「眼が見えなくなろうと、潰れようと、ブッダの教えをこそ守ろう」という堅い意志で放っておき、ついに失明してしまう。迎えに行った甥が通りすがりの女性と恋に落ちて戒律を破ったため追い返し、身を案じた帝釈天によって舎衛城に戻る。弟子たちが目を離している間に経行をしてたくさんの虫を踏み潰してしまったが、お釈迦様は殺す意図がなかったとして許した。(あらすじ)

単なる美談でないところがリアルで、実話だったのだろうと思わせる。眼が見えなくなっても修行に打ち込んだ姿は法華経の「一心欲見仏 不自惜身命」や、修証義の「身命を正法の為に拠捨せん」に通じるもので背筋が伸びる思いがするが、問題はその後、なぜチャックパーラが盲目になったのかをお釈迦様が説いたところ。ここが法句経につながる部分である。

チャックパーラの前世は医者で、眼の悪い女性を治療したが、女性が治療費を惜しんで治ったのに治っていないふりをしたため、怒って別の薬を与え、女性を失明させた。その悪業により、現世でチャックパーラは盲目になった。

そこで説かれたのがこの法句経である。

物事は、心を先とし、心を主人とし、心によって作られる。もしも汚れた心で話し、何かをなすならば、苦しみはその人につき従う。車を牽く牛の足跡に車輪がついて行くように(法句経)。

良い心がけも悪い心がけも、必ず報いがある。これが人々にとって救われる教えであるためには、自分自身の反省であり、かつ未来志向であることが大切である。ところがこれはお釈迦様とはいえ他人が語り、かつ今更どうしようもない過去のことを論っている「悪しき業論」になっている。チャックパーラが失明したのは病気のせいであり、治療を怠ったからであって、前世の報いだなどとは、たとえお釈迦様であっても決して言ってはならない。後味の悪い結末である。

良い心がけでいる間は安楽であり、悪い心がけでいる間は苦しく、今までもそうだったのであり、将来も同様である。このように因果同時で考えるのが妥当だと思うがどうだろうか。

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