村境、270年経ってようやく確定

現在の伽藍は、1746年に再建されたものだが、それ以前、草岡村と、となりの勧進代村との村境にあった。その村境争いにまきこまれて火災にあったといわれている(下記リンク)。

昨日総代さんから伺ったところによると、この村境はその後もずっと曖昧なままになっていて、昨年ようやく、関係者立ち会いのもと、杭を打って確定したという。250年以上も経ってからの解決とは、歴史的な出来事ではないだろうか。

洞松寺の歴史は約550年。そのうち前の場所にあったのが300年で、今の場所に移ってから250年となる。前の300年のうちに11名が、後の250年のうちに22名が住職をしている。後の250年は平均で1人あたり10年ちょっとしか住職をしていないわけで、住職歴15年になる私は平均を超えたことになる。

洞松寺外伝

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。