『日本人が知らないブッダの話』

仏陀の伝記は、北伝と南伝で異なる点が多々あり、北伝に属する日本人が知らないエピソードも多い。スリランカ僧であるスマナサーラ師が、初期仏典であるパーリ仏典と律蔵、およびその注釈書をもとに、新たな仏陀像を描く。

  • 釈尊が過去世で励んだ修行(波羅蜜)は10あり、大乗の六波羅蜜のほかに離欲、真理、誓願、無執着がある。六波羅蜜では最高とされる智慧=般若は4番目に位置し、絶対視されていない。
  • マーヤー夫人が釈尊を産んで7日目で亡くなったのは、子宮を聖なるものとする(=以降、子供が宿ることができない)という、降誕のための条件だった。
  • 「天上天下唯我独尊」は、パーリ語で「私は世界の第一人者である、私は世界の最年長者である、私は世界の最勝者である。」ということばに対応し、さらに「これは最後の生まれである、もはや二度と生存はない。」という部分が付く。これは「人は誰しも尊いものである」ということを言っているのではなく、釈尊が生きとし生けるもののトップランナーとしてに人類の苦しみを解決して下さることを述べている。
  • パーリ伝承では、降誕も成道も入滅も2月15日。一緒なのは教学的には苦しみを滅するという共通の意味合いがあるからではないか。
  • 釈尊の子供ラーフラは「邪魔」ではなく「龍」という意味の名前。誕生の日に釈尊は「ラーフラが生まれた、義務が生じた」といって出家するが、「ラーフラが生まれたのでしがらみが増えた」という意味ではなく、「ラーフラが生まれたので、家長としての責任は果たし、これ以後は生きとし生けるものを救う修行に専念しなければならない」と取るべき。残されたラーフラはヤソーダラー妃が立派に育てた(北伝では悪妻と描かれる)。
  • 王舎城で集団出家が起こり、釈尊は「親を子なき状態にし、妻を寡婦にさせ、家計を断絶させる」との非難があったことから、16歳以上で両親の許可を得た者、王の家臣・借財のある者・指名手配者を除くなど細かい条件が課されることになり、最終的には10人以上の比丘で審査し、10年以上和尚のもとで修行することなどが定められた。
  • アーナンダが釈尊から侍者を頼まれたとき、接待には必ず釈尊が加わること、面会の可否は釈尊ではなくアーナンダが決めることなどの条件を設けた。
  • アーナンダは釈尊のアドバイスに合わせて袈裟をデザインしているが、田んぼの形にしたのは釈迦族の稲作文化で、自然に対する感謝の気持ちが表されている。
  • アーナンダが、プライドや怒りといった煩悩をうまく使って成功する道を説いた。ほかの比丘に負けたくないという気持ち、自分の情けなさ、だらしなさ、未熟さへの怒りが修行を推進する。ただし性欲だけは人格向上に役立たないとして否定した。
  • 釈尊が臨終間際に説いた「法の鏡」の教え。仏法僧に揺るがぬ信頼を備え、五戒を守っているかどうかによって、釈尊亡き後も自分で悟りの境地を判断できるようにした。
  • 釈尊の有名な遺言である「自灯明」とは、自分の主観や思考にしがみついて生きることではなく、自己観察(四念処の実践)をしてほんとうの自由を得ること、「法灯明」とは仏陀の教えを理解することで、自灯明と同義語である。
  • 悪魔が釈尊に対し涅槃に入るよう懇願したのは、仏陀が涅槃に入っても仏教は無事に世に広まるだろうという悪魔の敗北宣言だった。
  • 釈尊亡き後に真の仏法を見分ける方法として説かれた四大教法。釈尊から直接聞いたといっても、僧団・長老たち・ひとりの長老から教えられたといっても、経と律に照らし合わせて合致しなければ捨てなければならない。
  • 釈尊の死因となった料理を出したチュンダに対し、釈尊はチュンダが後悔しないよう、スジャーターの乳粥と同じ功徳があったことを説いた。
  • 釈迦国に侵攻したコーサラ王ヴィドゥーダバに対し、「大王よ、親族の葉陰は涼しいのです」と釈尊は3度にわたって引き返させていた。4度目にあたって、釈迦族の過去の業を察し、皆殺しになることを覚悟した。最初からわれ関せずだったのではない。

北伝は釈尊入滅後400年も経って起こった大乗仏教によるものである上に、日本人は漢訳というステップを間に挟んでおり、伝承されている釈尊の一代記は不十分である可能性が高い。かといって南伝が全て正しいとも言い切れないだろうが、両者を比較してみたとき、新しい釈尊像が得られる。
日本でも初期仏教は盛んに研究されてきたはずだが、こういった釈尊像が提示されてこなかったのは、伝統への遠慮があるためであろうか。初期仏教専門の研究者は、スマナサーラ長老や、初期仏教が専門ではない宮元啓一氏の描く仏陀像を検証して、もっと積極的に発信してほしい。

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