面影

 いよいよ明日が帰る日となってしまった。ここ数日、夜になるとタヒルさんは「あなたがいなくなるとひどく寂しくなる」と目を赤くする。家族もみんな口々にそういう。はじめは社交辞令かと思ったが、あまりに何度も何度も言われるとこちらもだんだん寂しくなってしまう。
 どうやら今年の3月に亡くなったおじいさんと私が重なっているようだった。私が居間でいつも坐っている場所は、これまでおじいさんが坐っていた場所で、おじいさんは私と同じく髪を短くしており、私が頭をなでる仕草や、あごのひげをいじる仕草、足を組んで貧乏ゆすりをする仕草が、いちいちおじいさんを彷彿とさせるという。特におじいさんを敬慕していたお父さんは殊の外で、日中私が家を離れている間でも寂しがっている。そんな秘密を聞いてしまうとこちらも何か不思議な縁を感じてしまう。
 夕方にSMVD(シュリー・マハー・ヴィシュヌ・デーヴィー)大学の学長と会う。この大学は今年の7月からジャンムに新設される科学研究の大学で、インド哲学の講座があるという。カシミール大学のラズダン教授も招聘されるということで彼女からこの大学の存在と、学長を紹介してもらっていた。たまたまシュリナガルに来ていたが会合が多くて忙しい。そこにタヒルさんが丁寧な電話を入れてアポイントメントを取り付けてくれた。しかるべき人物から状況を教えてくれるという。
 そのほかは家族にお土産を買ったり、飛行機のチケットを手に入れたりと帰り支度。夜は叔母さんの招待を受け、意識を失いそうになるほどたくさんご馳走になった。驚いたのはお手伝いだと思っていた女性が警察官だということ。きちんと訓練を受けたれっきとした警察官だが、叔母さん世話係として配属になり、朝から晩まで叔母さんの家で掃除や洗濯をしている。副警視(Deputy
Superintendent Police)という地位の叔母さんのところにはこのような世話係の婦警2人、ボディーガード4人が付いているという。いかに彼女が重要な地位にいるかが分かる(ちなみにタヒルさんのお父さんは警視正でボディガードは8人いた)。さらに叔母さんは持ち家を貸したり、ネットカフェに投資したりしていて財力も並ではない。さらに旦那さんは銀行の支店長。夫妻とも超多忙だ。
 最後の夜にあたり、叔母さんからとローン家からそれぞれ、ショールや服などのお土産を頂戴した。今度はぜひ家族を連れてきてと何度も念を押される。一方私からの置き土産は娘の写真。この滞在中、何度も請われて見せているうち家族中がファンになり、タヒルさんがリクエストしたものである。タヒルさんは「もうあなたは客ではなくて我が家族であり、私の兄だ。今度は義理の姉(私の妻)と姪(娘)を必ず連れてきて」という。兄弟のいない私にはこうした温かい言葉は身にしみる。
カシミール博物館今日の観光スポット
カシミール博物館
シュリナガル唯一と思われる博物館。カシミールで発掘された7世紀ごろの石仏が何体か見られた。先日訪れたハルワン遺跡から出土した装飾の瓦も展示されている。そのほかにカシミールに生息する動物の剥製。開館時間は10〜16時で無料。だが今日は州政府の閣僚が亡くなったとかで3時過ぎに閉館。写真撮影は禁止されているが、閉館前のごたごたしているところに行き、タヒルさんに壁になってもらってこっそり撮影。

ホテル・グランドパレスホテル・グランドパレス
シュリナガル初の五ツ星ホテル。かつては「ホテル・オベロイ」という名前だったが、経営陣が替わって「ホテル・グランドパレス・インターコンチネンタル」という長い名前になった。ツイン2人で一泊17,000〜50,000円(今回は見ただけなのでただ)。ホテルの前の公園にはバラが咲いており、プール、テニスなども楽しむことができる。笑ってしまうくらいものすごい太い葉巻をくわえたおじさんが散歩していた。

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