アーメダバードで

アーメダバード旧市街 LDインド学研究所は11時の開所で、その前にゲストハウスの小林氏を訪ねる。レンガ造りの2階建に住んでいて、1階には誰もいない。それどころか、LD研究所に在籍している学生は彼しかいないというから孤独だ。あまり珍しいのでこれまで何回か新聞に載ったという。私だったらこの暑さの中の孤独に耐えられるだろうか。
 LD研究所はサンスクリットの教師を育成するために作られた伝統ある機関だったが、今は出版活動も学生の受け入れもあまりしておらず閑散としている。だが創設時に気合を入れて集めた写本は充実。注目されるのはグジャラート北部のパタンという街にあるジャイナ寺院が保管している写本を、そっくりコピーして保存している点だ。パタンの写本にはジャイナ教はもちろんのこと、仏教やニヤーヤの貴重な本がある。
 しかしLD研究所に行くと、写本担当の係がムンバイの結婚式に行っていて3日帰ってこないという。所長も含めてほかに写本を出せる人がいなく、申し訳ないが分かってくれと言われた。膝がつくくらいガッカリ。「こんなもんですよ」と小林氏。
 一番の目的がかなわず、いきなりすることがなくなってしまった。マンゴージュースを飲んでいると、小林氏が本屋に行くことを提案する。ジャイナ教関係の出版を行っているサラスヴァティー出版は、サンスクリット本ではアーメダバードで1番大きいらしい。リキシャーに乗り込んで旧市街に入る。
 プネーのリキシャーは(メーター×5+2)ルピーという計算だが、アーメダバードは(メーター×3)ルピーという安さ。ただメーターの進み方がやけに早い気がするのは気のせいだろうか。
 サラスヴァティーはジャイナ教文献をはじめ、ほかの出版社の本も置いてあった。荷物が増えるのが嫌だったので軽く見るつもりでいたが、隣で小林氏が気が狂ったように買っていたのでつられて15000円分ぐらい購入する。店の人が後払いでいいからといううちに、小林氏のツケは50000円ぐらいになっているらしい。
 それからインド双六「チョーパド」を探す。昨年デリーの博物館で見たもので、グジャラート刺繍が入った布製のボードが美しい。グジャラート刺繍ならきっとアーメダバードで見つかるだろうと、本屋で店を訊いて探し始めた。
 最初に行ったのは布製品のお店。ボードだけ1枚250円で売っていた。コマとダイスは別の店にあるという。店の名前を書いてもらい移動。次の店はコマだけ1セット100円で売っている。ダイスはまた別の店。ハヌマーン寺院の近くにあるブレスレット屋で売っていると言われたが、そこにはなかった。戻ってまた別の店。やっとダイスを発見できた。手作り感のあるいかにも出目が偏りそうなダイスが2個13円。
 こうしてボード、コマ、ダイスをそれぞれ別の店で入手することになったが、全部探すまで2時間、40度を超える日差しの中でずっと歩き通し。途中途中でパックの水や、ジュースや、スイートミルクで水分補給していたが、フラフラである。
 ホテルにいったん戻ってから、小林氏と先生の家を訪ねて回る。LD研究所にはきちんと教えてくれる先生がおらず、小林氏は定年になった先生たちにプライベートで教わっている。
 はじめに訪れたのはナギン・シャーというジャイナ認識論の先生。私の専門を中心に1時間ほど話をしたが、近年インドにサンスクリット学者が少なくなり、LD研究所も機能していないという愚痴になると涙目になった。
 次はE.A.ソロモンというおばあちゃん先生。主著『インドの弁証法(Indian Dialectics)』は30年も前に出版されたものなので、まさか生きているとは思わなかったが、寝床に伏せっておられた。これまで多くの著名なインド学者を育ててきたが、かなりのご高齢で、今はもう小林氏以外は習っていないという。
 そこで帰るつもりだったが、ソロモン先生の薦めでもうひとり、ラクシュマン・ジョシという先生に会うことになる。ソロモン先生の弟子で、近年グジャラート大学サンスクリット学科を定年退官された。私も修士論文で扱ったバーサルヴァジュニャという人物の研究があり、現在はブラフマスートラのグジャラート語訳を作っている。パティルという弟子が出版したグジャラート語のバーサルヴァジュニャ研究を紹介してもらった。
 3人の先生と話している間、水を2杯、チャイを1杯、ぶどうジュースを1杯ご馳走になる。その後小林氏行きつけのグジャラート定食屋でバターミルク。さらにフレッシュジュースを飲んだ。いくら暑くてのどが渇くとはいえ、飲みすぎである。グジャラート定食は砂糖入りカレーと油を塗ったチャパティーで、これまたお腹がいっぱい。
 1日だけの滞在で、肝心の写本が見られなかったものの、小林氏のおかげで入手困難な本と、著名な先生に会うことができた。暑さは堪えたが、充実した1日だった。

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