コンサート

 K夫妻とM.G.(マハートマ・ガンジー)ロード近辺を探検。シバージー・マーケットでは、皮を剥いだ牛の頭が積んであるのを見てしまった。黒い目が残っており、舌がだらりとはみ出している。そこに群がるカラスたち。鼻で息ができないような匂いが立ち込める。ベジタリアンになってしまいそうだ。
 K氏が街で見つけたポスターから、急遽コンサートに行くことになる。主演はザキール・フセインというタブラ(太鼓)奏者。入場料はS席700ルピー、A席500ルピー、B席300ルピーという高さだったが、客がたくさんつめかけていたので、有名な奏者なのだろう。会場は土曜宮殿(シャニワール・ワダ)という18世紀の史跡。宮殿は焼失し、現在残っている城壁の前に屋外ステージが設けられていた。我々はB席でステージから離れた芝生に腰を下ろす。
 開演は夜7時30分。どうせ遅れるだろうと話していたが、始まったのは8時すぎだった。奏者2人がステージのひな壇に登る前、靴を脱いだ。そして挨拶をするとおもむろに楽器の準備を始める。チューニングというよりも、ひもを締めたり、弓に何か塗ったりしているようだ。こちらは段々いらいらしてきたがインド人の客は、いよいよかという調子で席に着いた。用意が終わるとそのまま何の合図もなく演奏開始。音出しをしているのか演奏しているのかはじめはわからなかった。
 胡弓のような弦楽器とタブラの二重奏。だがリズムが合っているように聴こえない。2人が思い思いに演奏しているという感じだ。一般に弦楽器が旋律で打楽器がリズムだと思っていたが、しばらく聴いているうち、このコンサートはそれが逆で、タブラが主役で弦楽器が伴奏だということがわかってきた。マイク音量もタブラの方が大きく、激しく叩いているときなどは弦楽器の音はほとんど聴こえなくなる。
 そして時々奏者はタブラの手を休めてマイクで話す。「ビデオ撮影しているので、フラッシュはたかないで下さい」「今度は、交通渋滞を表現してみます。これがリキシャー、これが通行人、これがバイク…」などなど。話している間も伴奏はそのまま演奏し続け、いっこうに曲が終わらない。結局、そんな調子でまるまる1時間演奏。終わったときの拍手は、他のインド人客とは異なり「やっと終わったー」という喜びになっていた。
 それでも、タブラの超絶技巧が何であるのかは理解することができた。超高速で早打ちしながら、打つ場所を変えて音程を作るのが見せ場。客は曲の途中でそういう場面があると大拍手を送る。我々も一緒に拍手した。「よく手が疲れないよね」などと言いつつ。
 1時間後に曲がやっと終わって休憩。「後半はスペシャルゲストが入るのでお楽しみに」などと思わせぶりだ。この時間、外はとても冷え込んできた。K君がラム酒を調達してきてちょっと温まったが、休憩が終わったのは30分後。後半のスペシャルゲストはドラマーで、胡弓のおじさんがなぜか歌いながらフェードアウトしていくと、打楽器二重奏が始まった。「帰ろうか。」3人が席を立ったのはその10分後である。
 寒さには殊の外弱いはずのインド人を尻目に会場を出た我々を待ち受けていたのは、門にしがみつくようにして聴いていた人たち。「もう見ないんならチケットくれ!」と殺到してきた。会場の前で乗ったリキシャーの運転手までも「まだ終わっていないのに…」とぶつぶつ。それほどまでに、この太鼓の音楽はインド人の心に響くものかと驚いた。

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