密厳流について

3月4日、地元の師範・詠範で港区愛宕の真言宗智山派総本山智積院東京別院・真福寺に行き、密厳流遍照講の相川孝巠講長から約2時間にわたり、ご講義を賜った。たいへん感銘を受けたので箇条書きにてメモ。

    密厳流のもとになったのは大和流(無宗派)と金剛流(高野山)で、前者は拍がはっきりしていない(大和→渓声)、後者は拍がはっきりしている(密厳→梅花)という傾向がある。「大和流を母とし、金剛流を父として生まれた」(相川師)
    和讃は和語讃歌(梵語讃歌、漢語讃歌もある)の略で、平安中期に民間信仰者により成立。詠歌は道歌に節を付けて詠んだもので、花山法皇(968-1008)が四国三十三霊場に奉納したものが最初とされる。両者は別物と考えるべき。
    密厳とは密厳尊者=興教大師覚鑁(かくばん)から頂いたもの。42歳で金剛峯寺座主となるが、派閥争いのため高野山を追われて根来寺を開く。ここから新義真言宗、豊山派、智山派が生まれた。
    法具は金剛界曼荼羅の成身会(9つのマスの中央)に基づいて作られている。鈴の五鈷杵は五智如来を表し、中央が毘盧遮那仏(法界体性智)、四方に阿閦如来(大円鏡智)、宝生如来(平等性智)、無量寿如来(妙観察智)、不空成就如来(成所作智)が配されている。 撞木は金剛鉤菩薩で人を救い、撞木のひもは金剛索菩薩で人をつなぐ。鈴房は金剛鎖菩薩で人をつなぎとめ、鈴は金剛鈴菩薩で人を喜ばせる役割をもつ。これらの菩薩をまとめて四摂菩薩という。
    鉦は梵鐘の鐘座が独立したもので、鈴も梵鐘。撞木は梵鐘を鳴らす撞木に由来する。三足(鼎)で貪瞋癡をなくすという説も。
    密厳流では下向音で音尻(尾)アヤ、上向音で音頭アヤを入れる。

最後に新曲の「東日本大震災物故者追悼詠歌」をお唱え頂く。高音でやわらかなお唱えで、梅花流創設時に密厳流をお手本にした理由が分かった気がした。また「東日本大震災復興和讃」と「般若心経和讃」の譜面を頂戴する。相川師は今月で講長を退任なさるそうで、最後の機会に出逢えたことは幸運であった。出身が福島のいわきということで、同じ東北人として親しく和やかに接して下さり、受講者一同感激して帰途についた。ありがたき幸せ。

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