午前中は近くのお寺で特派布教師による法話の集い。午後から鶴岡に行ってボードゲーム。
「8時20分集合」と書いてあったので生真面目に5分前の8時15分に到着したらまだ寺の役員さんしかいなかった。だいたい9時30分から始まるというのに集合時間早すぎ。手持ち無沙汰もいいところだ。
特派布教師は松戸のお寺さん。特派布教師の中には曹洞宗のスローガン「人権、平和、環境」と上段に構えて具体性のない眠い話をする人が多い中、今日の布教師は地元の話を交えつつ、最後まで飽きさせなかった。見事である。
都会では、お坊さんを見ると「今日はどこのお葬式ですか?」「ママ、あれなーに?」「人が死んだとき来る人よ!」なんていう反応が多いそうだが(私はお坊さんの格好をしていないのでそういう経験はない)、山形に来るとすれ違う子どもたちが「こんにちは」と普通に声をかけてくれ、中には合掌してくるのもいる。それだけ普段の触れ合いがある証拠なんですねとほめてくれた。
山形のお寺の数は、小学校・郵便局・コンビニよりもずっと多い。それだけ日常にお寺が深く関わっているのだ。住職と檀家がお互いに支えあって築いてきた先祖代々のサンガ。ホタルがきれいな水がなければ生きていけないように、住職は清らかな心をもった檀家さんがなくては生きていけないと心に留めたい。
懇親会では「つくばにいらっしゃるんでしたら、今度遊びに来てください」という話から子育ての話に。「私の法話の基本は、絵本の読み聞かせなんです。」ゆっくり、丁寧に話すことは大事だ。私などはせっかちだからかいつまんで結論を急いでしまうが、そうすることが必要な場面と、あえてそうしないでおく場面があることに気づいた。