近郊バス旅行








駅前で入手できる1日バス乗車券。30ルピー。名前はおじさんがでっち上げた「オノ・スダーンシュ」。

先月、同じアパートに住むジャーダウ家からお誘いがあって近郊の寺院にお参りに行くことになった。寺院自体はそれほど期待していなかったが、インド人の家族旅行は、車を借り切ってさっと行って帰って来る日本人的な旅行の仕方とどう違うものかお手並み拝見といったところである。
10時出発というので5分前に伺うと、お父さんが腰にタオルを巻いて現れた。お母さんもいつもの寝巻き姿だ。どう見ても準備が終わったような様子ではない。5才になる長男のプラタメーシュ、2才の次男リシケーシュが相撲しているのを見ながら、出されたチャイを飲んで待つ。
出発したのは11時近くだった。家族全員で行くのかと思ったら、おばあさん、おじさん、プラタメーシュと私の4人だけだった。おじさんがガスのボンベを買いに行ってきたので遅れたという。リシケーシュは一緒について行きたがって泣いた。
バスはまず「シュバムナガル発市役所前行き」で駅前まで乗り、そこから「チンチュワド発ハラプサル行き」で終点まで。さらに「スワルゲート発サースワド行き」で終点まで。終点から相乗りタクシーでやっとお寺に着いた。ここまで3時間。

最初に見たお寺はバラジ寺院といい、チェンナイにある寺院のコピーである。「ヴェーンキー」ブランドの冷凍鶏肉輸出業で一財を築いた大富豪バラジ氏が、同じ名前の神様に帰依しており、工場の近くに3年前、この寺院を建てた。「ヴェーンキー」はバラジ神の異名「ヴェーンカテーシュ」に由来する。キャノンの社長が観音菩薩から会社の名前を取ったという話を思い出した。







バラジ寺院。たくさんのガードマンで厳重に監視されている

そんなインスタントな寺院なのだが、その豪華さはもしかしたらチェンナイを凌ぐかもしれない。高い壁で覆われた広い境内、カラフルに彩られた内装、金々ピカピカの神像、1枚1枚手書きの天井タイル。参拝客に祝福を与えるバラモン、やたらたくさん配置された清掃員と監視人、ずらりと並んで参拝を待つ何百人もの人々。となりには巡礼者用にロッジまである。寺院内が混乱しないよう、男女別々に並び、交互に50人ぐらいずつ入っていく(中で待ち合わせてもよい)。
30分ほど並んでやっと中に入り、バラモンから聖水をもらって頭に銀の器をかぶせてもらう。帰りにはチェンナイと同じサイズだというどでかいプラサード(お菓子の別当)をもらった。厳重に管理された寺院なので、胡散臭いバラモンや物乞いがバクシーシを要求することもない。つまりどう見ても参拝客はお金を落としていないので、寺院の運営はひとえにバラジ氏の財布で賄われているのだ。これだけの寺院を、現代に独力で建立する富豪の財力と信仰心に驚かされる。そして参拝客の多いこと多いこと。チェンナイなど気軽に参拝に行けないからここに来るのだろうが、富豪も庶民も問わないこの国の信仰心のすごさを大いに見せつける。
見終わって再びサースワドへ。もう3時過ぎなのに昼食を食べていないし、トイレ休憩すらなかった。しかしその辺のレストランに寄るような時間もお金ももったいないのだろう。道端でチックーという果物を買うと、すぐにバスに乗り込んだ。さらに遠郊のジェズリーという街へ。ここにはマラータ王国の四大伝説に数えられるカーンドーバ寺院がある。







ジェズリーのカーンドーバ寺院。高いところだけに見晴らしも素晴らしい。

カーンドーバ寺院は、シヴァ神が妃のパールヴァティーを抱いて、馬に乗っている神像のある寺院。ふもとから山を登って上へ上へ行くと頂上に建物がある。おばあちゃんは足が悪いのでひいひいつらそうに階段を上っていたが、おじさんとプラタメーシュはどんどん先に行ってしまう。階段のそばにはお供え物やカセットテープを売る物売り、行者、道案内、物乞いが並び、お供え物を食べる羊などがずらりと並んでいて賑やかだ。参拝客も多い。
いくつも門を抜けて最後にお寺に着くと、黄色い粉が当たり一面に撒き散らされていてなかなかの光景だ。壁や柱に歴史が感じられ、さきほどのバラジ寺院とは違った深い趣がある。何よりもガードマンによって厳重に警戒されていたバラジ寺院と違い、人々の生活感が感じられるのがよい。子どもたちが捧げられたお供え物や黄色い粉を袋に集め、それらを売っている親のところにもっていく。たくましいものだ。いつも腕白なプラタメーシュが、そんな子どもたちを前にすると都会から来たお坊ちゃんにしか見えなくなる。
予定ではもう1つぐらい見るつもりだったらしいが、ここでもう6時になっていた。またジャンボールという渋甘いブドウのような果物と、アンジール(いちじく)を買うだけで一行は帰路に着く。嫌な予感がして朝食はたっぷり食べてきたが、まさか昼抜きになるとは思わなかった。5才のプラタメーシュも、おばあちゃんも何一つ文句を言わずついてくる。みやげも、その果物の残り。カーンドーバの神像がほしくて買った私は、おもちゃも買ってもらえなかったプラタメーシュより子どもだった。







特大プラサードを食べるプラタメーシュ

帰りもバスを何本か乗り継いで帰宅。さすが50キロ以上離れているところだけあって、帰宅は9時過ぎていた。夕食のナスのカレーをご馳走になる。ナスのカレーはマハーラシュトラ名物だが、これがまた空腹にしみてうまい。いつもは真剣におかわりを断る私だったが、今日はなくなるまで盛り付けてもらった。10時間以上、小さな果物しか口にしていなければ当然といえるだろう。
なお家ではリシケーシュが熱を出したとかで、お父さんとお母さんは1日つきっきり。もしこんなタフな旅行に着いてきていたらもっとたいへんだったかもしれない。
と、なかなかお腹の減る旅行だったが、バス7本、乗り合いタクシー3本に合計6時間以上乗って交通費は87ルピー(221円)。おじさんがプネー市内1日乗車券30ルピー(75円)を教えてくれたが、計算してみると20ルピー(50円)ぐらい得しただけである。しかしいつも態度のでかいバスの車掌が、このパスを見せるとすごすごと通り過ぎていくのが気持ちよくて、お得感は500円分ぐらいあった。
バスの中でははじめ最近上映中の「バンティとバブリー」の歌がずっとリフレインしていたが、そのうち何も考えず景色を眺めながらぼーっとしてきて、帰りには勉強のことを考えていた。旅行の醍醐味とは、行き先ではなくて道すがらにあるのかもしれない。

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