ヴァラナシ(1)客引き

ガンジス河・ダシャシュワメードガートガンジス河沿いにあるヒンドゥ教の聖地ヴァラナシ。ヴァーラーナシー、ヴァーナーラシー、バナーラス、ベナレスなどと色々な呼び方があるが、ヴァルーナ川とアッシー川に挟まれた地域であることに由来するらしい(サンスクリット語的には並列複合語「ヴァルーナとアッシー」から派生した所有複合語「ヴァルーナとアッシーをもつ街」といったところか)。
ヒンドゥー教徒なら一生に一度はここに来てガンジス河で沐浴するのが夢。ガンジスの河につかるとこれまでの罪は全て清められ、天界行きが約束されるという。そのためインド全土から年間100万人を超える巡礼者が訪れるわけだが、なぜだか日本人も多い。ガンジス河の流れを眺めているとめまぐるしい日本の生活を忘れることができるのか、インドといえばヴァラナシだと思って何となく来てしまうのか、それとも取り締まりの緩いハッパ(マリファナ)が目当てなのかしらないが、街で見かけるアジア系のほとんどは日本人であるといってよい。他の都市に多い韓国人はあまり見かけないから、そのあたり国民性が出るのだろうか。ちなみに日本人といってもお金持ち風の人はおらず、カジュアルな身なりをした若者である(中には真っ黒に日焼けした、ほんとうにインドが好きそうなおじさんなどもいるが)。 
そのようなわけでリキシャーや物売りが日本人と見ると食いついてくる。タージマハルのあるアグラはインド人でもぼったくられる街で悪名高いところだが、こと客引きのしつこさに関してはここの足元にも及ばない。特に夜の駅はすごかった。プネー発の急行でヴァラナシの駅に着いたときのこと。列車を降りた直後から、もう客引きが寄ってくる。どこ行きたい? 宿はどこ? いいホテルがあるよ……英語、ヒンディー語、日本語が飛び交う。しかも一度に何人も寄ってたかってくるからたまらない。
幸いこの日はラタさん(「デオカール夫妻」参照)がサールナートの国立チベット研究所のゲストハウスを確保しておいて下さり、「バーラト・サルカル(インド政府)」と書かれた車の迎えまでついていた。しかしリキシャーのおじちゃんたちは客引きの手を一向に緩めない。ラタさんに付いていく我々に「付いていくな! こっちにこい」と怒鳴りつける。地面にびっしりと人がゴロ寝している駅前の広場を、「車はある」と応酬しながら通り抜けていく。これがヴァラナシなんだなあと、妙に感心した。

ヴァラナシ、ゴードリア交差点リキシャーの客引きは、目的地に着いたばかりの人やあまつさえまだ別のリキシャーに乗っている人にまで声をかける。何の考えもなく、動物的に客を探しているようだ。料金は交渉制なので、相場を知らないとまずぼったくられる。観光客だから現地に住む人の値段で乗ろうとすること自体間違っているのだが、かといってみすみす言い値で乗るわけにもいかない。
言い値を半分ぐらいにしてみて、イヤならいいよ、他のリキシャーを探すからという素振りを示す。相手が慌てて値段を下げてきたら勝算あり。乗る気がない素振りを絶えず示しながら、それをさらに下げていく。相手よりも精神的に優位にたつことが大事で、したがって夜遅くや急いでいるときなど、こちらが不利な状況ではきつい。そうなったら恫喝という奥の手を使うしかないが、口げんかはとても疲れるので避けたい。
こうしたやり取りも元気なうちはゲーム感覚で楽しいのだが、いつもいつもそうだと次第に疲れてくる。しかし新しい元気な客引きが次から次へと現れ、こちらに勝ち目はなさそうな気がしてくるのだった。

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