第16回西インド地区日本語弁論大会に質問係として参加する。
この大会は全国大会の地方予選を兼ねる。地方予選はほかに東インド・コルカタ、南インド・チェンナイ、北インド・デリーで行われ、各上位入賞者が全国大会に進む。全国大会の優勝者には日本旅行がプレゼントされるという。近年の日本語熱で大会参加者のレベルも上がっているようだ。
この大会は地元に住む日本人が審査員というかたちで協力しており、日本人会の伝手で私にも役目が回ってきた。質問係とは、弁論が終わった後でその内容について質問をして、発表者の即興的な会話能力をそれとなく試すという仕事。記憶力では世界に名高いインド人のこと、中には日本人や日本語の先生が書いた文章を丸暗記して大会に臨む人もいる。そこで本当に自分の言っていることを分かっているのか、チェックする必要があるというわけだ。
この質問というのが、やってみてなかなか難しいものだと分かった。「○○という言葉の意味が分かりますか?」などというあからさまに人を試すようなことを言って追い詰めてはいけない。また発表にあまりに関係のないことを聞いてもいけない。質問が難しすぎてもいけないし、簡単すぎてもいけない。発表が終わったばかりの人を励ましつつ、日本語の運用能力をさりげなく試す。そのためには発表内容をよく把握し、しかも発表者に応じた細やかな心配りが必要となる。
発表の間ずっと言葉を注意深く聞きながら同時にどういう質問がいちばん効果的かを考える。試験は要らないという話をした人に「試験がなかったら、どうやってみんなが勉強すると思いますか?」、迷信の話をした人に「インド人が神様を信じるのは迷信だと思いますか?」、微笑は大切だという話をした人に「あなたが最近微笑みかけた人は誰ですか?」…などなど。発表者は22人。持ち時間はひとり3〜4分で、質問時間が2分。後半は頭が朦朧としてきた。
ジュニア部門で優勝した人のテーマは「戦い」。スポーツの例を挙げながら、戦いは自分を伸ばすという話だった。質問では「戦いには国と国の戦いもありますが、戦争は必要だと思いますか?」とつっこんでみると、「自分の国だけが得をするための戦争はいけません」という見事な回答。日本人は「戦い」という言葉を好まないことは、後で発表者に伝えた。彼はイラク派兵で国会が紛糾したことも知っている様子だった。
シニア部門で優勝した人のテーマは「消しゴム」。失敗してもくじけずに将来のチャンスを待てば、それが消しゴムとなってそれまでの失敗は帳消しになるという話。斬新なアイデアだ。「消しゴムには四角いものもあれば、丸いものもあります。」などずっと消しゴムそのものの話だったのでいったいどうなることやらと思ったが、最後に人生の失敗にまで広げてうまくまとめた。ただ、途中で「消しゴムがなくても人生何とかなる」というような話になったのでクエスチョンマーク。質問は消しゴムが必要なのか否か聞くため、遠まわしに「あなたはこれまで消しゴムで消したいと思ったことはありますか?」答えは「あるけれども、将来のチャンスが消してくれると思っています」という穏当な答え。自分の失敗談を進んで言うようなことはさすがにあるまい。
審査員は全員日本人。私は質問に専念して審査には入らなかった。質問と審査の両方をするのはたいへんだから分業しているのだという。審査よりも質問の方がたいへんだったねと、後でたくさんの人に慰労していただいた。そこで思ったのだが、審査が絶対評価(ひとりが終わるごとに採点表を回収)だったので、結果的に序盤不利だったと思う。審査員の中に審査基準が形成される前に審査されてしまうからだ。ジュニア部門の前半は粒ぞろいだったのに、ひとりも入賞しなかったのは納得がいかなかった。ましてや序盤は緊張度も高く、何かと不利だ。終了後に審査会議を行うべきだったのではないかと思う。
終わってから会場を移して入賞者と夕食会。こんなに熱心に勉強してもらえるなんて、日本語を母語とする私にはとても感激だったし、誇りにも思った。彼らの前途が開けていくことを心から祈る(写真提供:竹内氏)。