大般若経全600巻を読んで家内安全や身心堅固を祈る大般若会。洞松寺では、おとなりの真言宗のお寺との交互開催のため2年に1回行われており、私が住職になって務めるのは今年で8回目となる。法要中、導師は第578巻の般若理趣分品を最初から最後まで読むのだが、相当早口で読まないと間に合わない。そのため元旦の早朝から読んで練習しておいた。
この理趣分品は密教経典としても名高く、独立して理趣経と呼ばれることもある。般若=最高の智慧によって真実の安楽を得るための道筋を説くのだが、菩薩の境地を男女の性愛で表現するところに大きな特徴がある。いわゆる十七清浄句である。玄奘訳は厳密に対応していないが「謂ゆる極妙楽清浄の句義、是れ菩薩の句義なり」からがその部分に当たる。
- セックスの快楽(妙適、極妙楽)が清らかな境地、菩薩の境地です。
- 矢のように早く起こる性欲(欲箭)が〃。
- 男と女が抱き合うこと(触)が〃。
- 男と女が抱き合うことで離れがたいと思うこと(愛縛)が〃。
- 男と女が一緒になって世界は自分たちのものと思うこと(一切自在主)が〃。
- 男と女が互いに見つめ合うこと(見、諸見永寂)が〃。
- 男と女が抱き合って感じる喜び(適悦、微妙適悦)が〃。
- 男と女がお互いを激しく求めること(愛、渇愛永息)が〃。
- 異性を我が物として満足すること(慢、胎蔵超越)が〃。
- 異性のために身を飾ること(荘厳、衆徳荘厳)が〃。
- 異性を喜ばせて満ち足りること(意滋沢、意極椅適)が〃。
- 満ち足りて心が明るくなること(光明、得大光明)が〃。
- 恐れがなく身体が安楽であること(身楽、身善安楽)が〃。
- 目に見える色や形(色、色処空寂)が〃。
- 耳に聞こえる音(声、声処空寂)が〃。
- 鼻でかぐ香り(香、香処空寂)が〃。
- 舌で味わう味(味、味処空寂)が〃。
(現代語訳は『お経で学ぶ仏教』蓑輪顕量・東京大学仏教青年会による)
どうしてこのような表現をするかといえば、ひとつには性欲を否定しようとして逆に執着に陥ってしまうことを戒めるため、もうひとつには極端な例を挙げることで、あらゆるものが清浄であることに例外はないと強調するためであるとされる。セックスによって悟りに境地が得られるということではないのだが、そう解釈される恐れが強く、空海は最澄がこのお経を借りるのを断ったという。
「法悦」という言葉があるが、太鼓の音を聴きながら般若経の読誦に神経を集中していると、いつの間にかそんな心境になってくるような気がする。それが一切皆空というものなのかは分からないけれども、これによって諸仏菩薩から八部衆(仏法を守護する善神)まで共に喜ぶならば、祈祷の功徳もあるというものだろう。