『インドの正体―好調な発展に潜む危険』

2005年秋から8ヶ月ほどにわたって行われた産経新聞の連載「巨象が動いた」をまとめたもの。IT景気で急速に注目度を集めるインドの影の部分に光を当てる。
いまだ根強く残るカースト制度、売春の横行や花嫁持参金の高額化、ヒンドゥーとイスラムの対立、カシミール問題、大津波被災、HIVの急速な広がり、農村の貧困と自殺。IT景気で中間層が大幅に拡大し先進国並みの生活水準が目立つようになったインドでも、まだこれだけの心配事がある。
ヒンドゥー系の学校でのインタビュー(p.47)がばればれの嘘をつくインド人らしくて面白い。校長室にガンジー(イスラム教徒への融和政策を唱えたガンジーを、ヒンドゥー至上主義者は批判している)の肖像画が掛かっていないことを指摘されると「いえいえ、違う部屋に……」、翌日行くとちゃんと掛けられていたという。
一方RSS(民族義勇団)ではカーストに反対し、姓(姓からカーストが想像できる場合が多い)を呼ばない試みを行っているという。メンバー間のつながりを強くするためであるが、ヒンドゥー至上主義も伝統を取捨しているところが面白い。
カースト差別は大津波被害でも問題になった。カーストが低い被災者たちの支援が後回しにされたり、上位カーストが同じ避難所で侵食を共にするのを拒絶したりした。「大津波もカーストの壁だけは壊すことができなかった」という(p.70)。
カースト判断の大きな目印になるのが肌の色である。アーユルヴェーダ系の化粧品で一財産を築いたシャナーズ・フセインは言う。「肌の黒い男性が白い肌の奥さんをもらいたがるのは、生まれてくるに期待するからよ。少しでも肌の白い子どもができれば、その家にとって慶事だわ」(p.82)。
サブタイトルの割にネガティブな記事ばかりではない。JICAが技術指導して大きく品質を向上させた養蚕業、2014年までにインド全国で3500教室を意気込む公文学習塾、コルカタとムンバイのジムが張り合っている女性ボクシング、ヒンドゥー教徒がガンジス川が汚れているということを認めたがらない中で効果を上げにくいODAの水質改善事業。著者も書いている通りインドをいろいろな角度から切った断面のごく一部でしかないが、知らなかったインドのさまざまな姿に触れられて楽しかった。

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