移民街が栄えるイギリスの小さな町。パンジャーブから移住してきた家族の2世である主人公の14歳の男の子(!)は、17歳になったらインドの友人の娘と結婚するよう父親から言われる。インドでは依然として根強い「アレンジド・マリッジ」……しかしここはイギリスだ。何とかして結婚を回避しようとする主人公の闘争が始まる。
主人公は父や兄の下品なインド文化や白人・黒人蔑視を心から嫌がっている。
「兄貴たちのああいう話し方には、我慢できない。語尾にすぐ「あ?」とか、「マジ最高」とかいった言葉を足す(p.24)。」
父親が何度も説得するときの、母親の仕草も主人公をいらいらさせている。
「待ってましたとばかりに、母さんが神に救いを求めながら、泣きだした。「ああ、神様(ハイ・ラッバ)」なんていいながら、腿を叩いてる。パンジャブの女が葬式でよくやるやつだ(p.76)。」
アジアの女性がこうして無理やり結婚させられるのはよくありそうな話である。しかしそれが男なのは珍しい。主人公はこう分析する。
「男は別の形で抑えつけられているんだと思う。本人も気づかないうちに考えをすりこまれて……。そういうの、なんていうんだっけ」
「サブリミナル」(p.102)
結婚を回避するため、どんどん悪になっていく息子を、家族は騙してインドの故郷に連れて行き、軟禁する。そこで主人公は未知の文化や人間を経験する。
「人間は平等なんだから、同じ権利を持つべきだよ。ぼくはそう信じてる」
「そのとおりですよ、マンジートさん。けっきょく、おれたちゃみんなサルです。しっぽがねえだけで」モーハンはそういうと、また笑った。
「やっぱりね。ぼくと同じ意見だと思った」
「けど、サルん中にも、でっけえのとちいせえのがおるでしょうが。上に立つもんと、それにくっついていくもんが」(p.190)
そしてかつて主人公と同じように「伝統」を否定し、外国に行った叔父さんとも出会うことになる。
「本当はいまでもときどき、ぼくは自分のことを自分勝手だと思ったり、罪の意識なんかを感じたりすることがある。だが、きみが家族にどんなことをされたのか、僕に話してくれただろう? おかげで自分がどうして今の道に進んだのか思い出したし、きみと話して、なんていうか、じぶんがどうして家族の枠組みから逃げだしたのかがわかった。ぼくが家族の伝統に従わなかった理由は、自分勝手なものではなかったってこともね。自分と自分の人生のためには正しい選択だった」(p.253)
インドからイギリスに帰った主人公には、いよいよ結婚の期日が迫ってくる。成り行きで家族の伝統に従うのか、それともそこから外に飛び出していくのかは本編を読んでのお楽しみ。
全体に若い主人公の一人称で語られていて軽快に読むことができ、それでいて異文化が交わるときの問題についても深く考えさせられた。インド農村生活の描写もすごくいい。