ユングから仏教に至った臨床心理学者の河合氏と、チベット仏教から神話研究などを進めている宗教学者の中沢氏の対談集。2人とも仏教学者というわけではないけれども、仏教の捉え方は鋭くて深い。
収められている対談は6本。
「仏教への帰還」ではキリスト教・イスラム教・仏教の異同を検証。一神教の作る神と人/人と自然との「非対称性」に対して、仏教が備えている対称性を見る。秩序を崩す「シャーマニズム」と、秩序をつくる「野生の思考」の共存が仏教の基本であるという。この2つの相反する動きを両立させる仏教の知恵が現代において必要になっている。
「ブッダと長生き」では、早逝したキリストと長生きしたブッダ、ムハンマドを対比し、その思想の老獪さを考える。とりわけ迫害も受けず、普通の人間として死んでいったブッダの中道は、真理が世界と同居している点で魅力的である。
「仏教と性の悩み」では、仏教の戒律を現実の女性から離れることによって、世界の女性原理=空に近づくためのマニュアルと捉える。ブッダがいかにして弟子たちのセックスを禁止したかが分かる付録の『律蔵』抄訳が最高。屍姦・獣姦なんでもあり。
「仏教と「違うんです!」」では最後まで肯定をいわずただ否定し続ける仏教を、心のケアにおける否定の技法から光を当てる。それは世界の外にある何か(空とか法身)に到達する=悟るための手段である。安易な癒しではなく深い否定を。
「幸福の黄色い袈裟」ではキリスト教的な幸福=ものに恵まれた状態と仏教的な安心=ものが少ない・ちょうどよい状態で対比。本当の楽、人生の損得を考えることを勧める。自殺は悪ではなく損。
「大日如来の吐息―科学について」では仏教と科学について考察。否定的な見方をされる「科学」が近代科学に留まっていて、ハイゼンベルクのマトリックス理論など現代科学は仏教の曼荼羅と同じことを示していると指摘する。
いずれもほかのどこでも読めないような刺激に満ちた仏教論で、仏教の捉え方が少なからず変わったように感じる。次々と言及される文系理系の学者の思想が有機的につなげられているのも面白い。現代において仏教を思想面からどのように生かせるか、示唆するところ大であった。