もっとも一般的な電話回線BSNLは大家の電話代半年滞納のために使えず、代わりに大家が提供したリライアンスはUSB接続のサポートがなかったため、屋外デモを行っていたタタ・インディコムに頼ったというのがこれまでのあらすじ。三度目の正直である。
申し込んだ翌々日に住所確認が済み、それから4日後に電話機が届くという話になっていた。日曜をはさむので申し込んでからちょうど一週間後ということになる。最初の話では申し込んでから4日後と言われていたのでいきなり話が違うわけだが、2日ぐらいの違いで目くじらを立てるのも馬鹿馬鹿しい。
約束の一週間後。午後から外出する予定があったので、担当の係に電話してお昼に来るよう頼んだ。ついでにUSB接続用のケーブルも忘れないようにと念を押す。「OK。それまでに行きます」と返事した担当の係は先週の契約時に時間通りに来ており、大丈夫だろうと思ったが時間になっても来ない。夜も早めに帰って待っていたが結局来なかった。何度も電話したが、電話に出ないで切られてしまう。何と失礼な話であろうか。
翌日も、翌々日も家で待ちながら担当に電話をかけ続けた。家を出るときはドアに携帯の番号を貼って出かけ、できるだけ早く家に戻るようにする。何の連絡もなく待たされるのは腹が立つものだが、いない間に来られるのもたまらない。その上彼らと来たら、連絡もなくひょっこりと現れて、そのときたまたま不在にしていると鬼の首を取ったかのように「だってあんた、いなかったじゃないか」と非難してくることがこれまでの経験で分かっている。待たされた上に非難されたら正気でいられないだろう。極力家を出ないことは、二重の怒りを爆発させないための保険だった。
しかし極力家にいるというのもなかなか消耗する。まだガスコンロを購入していないため、昼食と夕食は外食だが、遠出できないと必然的にスナック類になってしまう。ワダパオやパティスという揚げ物とチャイだけで、早々に家に引き返す。スナック菓子やバナナで飢えをしのいだりもした。それは一種の苦行、願掛けだったのかもしれない。「食べるものも食べずに待ちますから、どうか一刻も早く電話を与えてください」と、誰にというわけでもないが祈っていた。
しかし4日目の朝、これ以上待つことはできないと意を決してオフィスに出向くことにする。バスに乗って30分、駅前のバス停から10分ほど歩く。これだけのために出かけるのも馬鹿くさいので途中で映画を見て、マクドナルドで食事した。自分への慰めとも言える。
タタ・インディコムのオフィスのドアを開けたとき、「今日は電話を受け取るまで何時間かかっても帰らない」と自分に誓った。窓口のおばちゃんに経緯を話し、ひとまず担当の係に電話してもらう。さんざん人を待たせ、いくらかけても出なかった担当は「今晩お宅に行きます」などと涼しいことを言う。それで毎晩待っていた3日間、いや、引っ越してから待たされ続けた3週間にたまった怒りが爆発する。「Come here just now! Why didn’t you answer, I called hundred times! I don’t believe your words! I wait here until you come, Jaldee!」
電話を切ってからは担当が来るまで待つことを告げ、興奮を冷ましつつ座り込む。隣でも電話の調子がおかしいという客が大いににもめていた。窓口のおばちゃんも憔悴しているようだったが、たとえ彼女自身に非がないとしても彼女は会社の代表としてそこに立っているわけだから仕方がない。
その間、隣の窓口でお兄さんが端末から顧客名簿から私のステータスを調べていた。そこで思わぬ衝撃の事実が判明する。
「学生なので利用できないという回答になっている」
これを聞いたとき、インドのテレビや映画によくある「ガーン」という効果音が頭の中を流れた。そして耳を疑ってもう1度聞き返したが同じこと。思わず1分ぐらい呆然としてしまった。あいた口がふさがらない。
しかしだんだんと、「これまで待っていたのはいったい何だったのか」と思うにつれて、悔しさと怒りがこみ上げてきた。さらには学生だという理由で切り捨てられるのも悔しい。「I understand it is not available for students, but I can’t understand why you didn’t let me know until now. When was it found? Why did you make me
wait so long? Tell me!」
これに対するおばちゃんの反応は意外だった。言い訳もほとんどせず平謝り。「本当に申し訳ありません。会社を代表して心からお詫び申し上げます。すでにお支払いただいた前金は今お返しします。担当の者には今晩こちらから伝えておきます。申し訳ありません……」
住所確認というのは、電話代の支払能力を調べるものだったのだ。確かにそこで私は学生と答えた。インドには平気で踏み倒す輩もいるだろうから、契約条件を厳しくするのはしかたない。しかしタタ・インディコムの住所確認係と電話設置係が全く連絡を取っていないというのはどうなのか。もしかしたら家で待っていたら電話を手に入れることができたのだろうか?
前金を受け取って半ば呆然としながらオフィスを出る。全く予想しなかった最悪の結末。そこに指が全部ない物乞いが近づいてきた。いつもは無視するのだが今日に限っては与えたい気分である。5ルピーをあげつつ、これが500ルピーだったら自分も正気じゃないなと思う。近くを歩いていた4人の子供連れのお母さん物乞いは、こちらから呼び止めて5ルピーを与えた。なぜそんなことをしたのかよく分からないが、それが気持ちを鎮める唯一の方法であるような気がした。ヤケ金とでもいうべきか。
その後本屋や民芸品屋に寄ってみたものの気力が湧かない。ネットカフェでメールを書いて、インド映画のDVDを借りて、レストランで小瓶のビールを飲みながらマトン料理を食べた。DVDは3時間30分かかるものだったが、家族の絆を描いたとてもよい映画だった(Kabhi Kushi Kabhie Gham)。
三度目の正直ならず。残る最後の手段は大家と違うBSNLの新しい電話線を不動産屋に引いてもらうことだが、まもなく一時帰国なのでインドに戻ってからになるだろう。しかしこの3週間で本当に電話が必要なのかだんだん分からなくなってきた。携帯電話はあるし、インターネットはネットカフェで安くできる(1時間25円)。何よりも電話を待っていたこの数週間、勉強がいつもより進んだのが大きい。ホームページの更新などはあまりできなくなるだろうが、インターネットという誘惑を家から締め出した生活もいいかもしれないと思い始めている。