不可触民

『不可触民と現代インド』 山際素男著、光文社新書123
インドの悪しき身分制度として名高いカースト制度。カーストとは15世紀にインドを訪れたポルトガル人がつけたもので、インドではヴァルナと呼ばれる。僧侶・司祭階層のバラモン、王侯・戦士階層のクシャトリヤ、商人階層のヴァイシャ、これらの階層に仕えるシュードラ。これらはさらに無数のジャーティという職業集団に分けられる。そしていずれのカーストからも弾き出された不可触民層がいる。
上位階層は3000年前に北インドに侵入したアーリア人の末裔である。アーリア人はインダス文明以来のインド先住民族ドラヴィダ人を征服して、奴隷とした。それ以来、インドは少数の支配階級が政治・宗教権力を手中にし、強固な身分制度をもって君臨してきたのである。ここまでは高校の世界史でも習う知識だろう。
アーリア人は低い身分の男性が台頭してこないよう、結婚は男性のほうが女性より身分が高くなければいけないというアヌローマという制度をしいた。身分の高い階層の男性はどの階層の女性とでも結婚できるが、低い階層の男性は自分の階層以下の女性としか結婚できない。
こうして現在も全人口のわずか15パーセントが残り85パーセントを支配しているという状況が続いている。バラモンは教育関係、クシャトリヤは軍事・政治関係、ヴァイシャは商業関係を独占し、残りは低賃金での労働を余儀なくされる。当然貧富の差も大きい。特に不可触民は触るだけでなく見るだけでも不浄とされ、インド社会から差別され続けてきた。清掃や汲取りなどの社会に重要な役割を担っていたにもかかわらず、お寺にお参りすることすら許されなかったのだ。
今、彼らがインドを変えるべく立ち上がっている。その精神的支柱になっているのが、仏教だ。仏教は全ての人間の平等をうたい、貧困にあえぐ人々に手を差し伸べてきた。不可触民出身でインド憲法を作ったアンベードカルという人物が指導者となり、その遺志を日本人僧の佐々井秀嶺という人物が継いで、現在ではすでに人口の1割、1億人以上が仏教徒に改宗しているという。この本は彼らがバラモン支配体制に抗い、人権を勝ち取る闘争を描いている。
この話を読む中で、バラモン教がアーリア人の支配原理として作用してきたことを知る。ヒンドゥーの神々はアーリア人の絶対性を象徴するものとして君臨し、何人もこれに逆らうことを許さなかった。ヴェーダや法典も、アーリア人を中心とする社会の秩序を説き、その真理が永遠に変わらないことを強調している。インド哲学の根底にある「真理は自明である、変わることはない」というのは、自分たちの支配を正当化する方便になっていたのである。
それを考えると、バラモンの支配原理となってきた哲学を研究することに疑問も生じてくる。「不変の真理」のもとで3000年にも渡って苦しんできた人々がいること。そして彼らの闘いはまだまだ終わっていないこと。私はなぜインド哲学を学んでいるのか、一から考え直さなければならないようだ。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。