『天国旅行』


心中や自殺をテーマにした短編集。といっても、暗澹とした話ではなく、命を救い出す話だったり、不思議な話だったり、遺された者が立ち直っていく話だったりと前向きで、何かに取り憑かれたように一気に最後まで読んでしまう。

富士の樹海で首を吊り残った中年男が、若い男と死に場所を探す話。駆け落ち同然で結ばれた夫婦の倦怠期に夫がしたためた遺言。祖母の初盆にお参りに来た男が教える祖母の過去。夜になると前世の夢を見続けてきた女の行く末。高校の校庭で突如焼身自殺した先輩の謎解き。ひき逃げで幽霊になってしまった彼女との毎日。一家心中で唯一生き残った男の決意。

「幽冥境を分かつ」「死人に口なし」というように、死者と直接話をすることはできない。そして死は日常の中に突如として訪れる。これまですぐそばにいて、呼びかければ笑顔で答えていた人が、いきなり手の届かないところにいってしまう。しかし、死者は無になるのではない。記憶が残り、その後もあたかも生きていたときと同じように扱われる。好きだったお菓子を仏壇に供え、よいことがあれば報告し、困ったときは願いごとをする。そんなとき、死者はどんな気持ちでいることだろう。どんなに忖度しても、想像の域を出ない。あるいは、虚構かもしれない。

それでも私たちは、「故人の遺志」や「喜びそうなこと」を考え、自身の行動の指針としている。そのとき死者は、幽霊とかそういったものではなく、リアリティのある生者として扱われる。あたかも、ちょっと遠くに旅行に行っているかのように。会えないのは悲しいけれど、またいつかどこかで会えるだろうと。

何話かは未完で話が終わる。これは死者の意思を勝手に決め付けてはいけないという作者の思いが反映したものだろうか。答えのない問いに、逃げずに向き合わなければならない。

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